■グレン中佐、別な惑星の大母船と遭遇
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▲ジョン・グレン中佐 |
これに遅れること約3週間後の5月5日、今度はアメリカがマーキュリー計画による有人宇宙船を打ち上げて成功したが、これは地球軌道に乗らなかった。翌年2月、アメリカ海兵隊のジョン・グレン中佐が乗ったマーキュリー六号(フレンドシップ7)がアメリカ最初の地球軌道周回飛行に成功し、一連のマーキュリー計画の本格化の幕開けとなった。
英雄となったグレンが帰還後に、宇宙空間にホタル火のような物体が沢山見えたと発表したためにアダムスキーがその著書『Inside the Space Ships』(『宇宙船の内部』。日本語訳は中央アート出版社刊・新アダムスキー全集第一巻『第二惑星からの地球訪問者』に収録)で述べた宇宙空間の目撃体験を立証するものとして騒がれたので、当局は以後、宇宙飛行士に対して厳重な籍口令をしいたといわれる。
つまり異常な光景を見たことをしゃべるなという命令である。このホタル火の件が当時の日本の週刊誌に大きく書かれたのを筆者は覚えている。またグレンが宇宙飛行中に日本製カメラのミノルタハイマティックで撮影した宇宙空間の写真の中に奇妙な細長い物体が写っているのを、アダムスキーは別な惑星の大母船だと指摘していた。 アメリカ史上最初の有人宇宙飛行を別な惑星の人達が注視していたのだというのだ。危険な状況になれば救出しようとしていたらしい。彼らはもちろん友好的な異星人である。
■クーバー宇宙飛行士、驚くべきUFO事件類に関係
マーキュリー計画最後の実験は1963年5月15日に行なわれた。マーキュリー9号(フェース7)に乗ったルロイ・ゴードン・クーパー空軍中佐は、地球軌道を22周して無事帰還した。
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▲ 1962年2月20日、米海兵隊のジョン・クレン中佐が搭乗したマーキュリー6号(フレンドシップ7)が、改造型アトラス大陸閏弾道ミサイルで、キューバに近いフロリタ半島のケーフカナペラル基地から打ち上げられた。そして約5時間の航行で地球軌道を3周した後に無事帰還したが、その間彼は宇宙空間で不思議な現象を目撃してアダムスキーの主張を裏づけた。 |
2年後の65年4月に、アーカンソー州で開催されたある集会で、クーバーが米空軍将校であった当時の1957年に、4人の空軍搭乗員がエドワーズ空軍基地で、ある航空機の着陸装置のテストを記録映画として撮影中、突然1機のUFOが急降下して基地へ着陸したと発表したのだ! その光景を空軍の映画撮影機がキャッチしていた。
仰天した撮影班の男達は撮影済記録映画フィルムをエドワーズ空軍基地の司令部に届けた。ゴードン・クーバーは個人的にその映画を見ていたのである。司令部の幹部将校連はその後、そのフィルムをワシントン市の国防省へ送ったが、なしのつぶてであった。以後誰もそれについては知らないという。クーバーは近々に放映されるテレビ番組で、この事件の内容を話すものとみられている。
このUFO大事件の記録映画に関して、クーバーはカナダのある映画製作会社に勤めているアイルランド人の映画プロデューサー、ジャッキー・ダンと協力関係にあった。
クーバーはまたインデペンデント・インターナショナル映画会社のサム・シャーマンとも会っている。この男は『地球を超えて』と題する映画を製作中で、これは96年の前半に公開が予定されている。
この作品の中でクーバーは、異星人とコンタクトしてかなりの知識を得たある男と共にUFOの機構に関して研究してきたと述べている。この男は小さなUFOの模型を作った上、あるアラブ人の国から資金援助を受けて直径15メートルの試作機を建造していたという。だがこの男は他界した。
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▲ルロイ・クーパー中佐(中央)。右側はジョン・グレン中佐。 |
またクーバーはアドバンスト・テクノロジー・センターについても語っている。この会社はすでに存在しないのだが、一時期は明らかにある種の異星人の技術をひそかに応用する仕事に関係していた。その上クーバーは例のロズウェル事件の際に彼の一友人が異星人の遺体を見た件についても話している。どだいクーバーは 『UFO男』と呼んでよいほどに凄い事件に関わっていたのだ。
■NASAによる月面の実態の隠蔽工作
1995年4月に出たある記事で、元NASAの情報部長であったモーリス・シャトランは、アポロ宇宙船が月面で『不自然な種々の幾何学的構造物』を発見したと爆弾発表を行なった。月面上のUFO活動に関するNASAの極秘文書については、本誌先号に筆者による『月は異星人の基地だった!』と題する記事で詳細に伝えてあるので、それを参照されたい。
とにかくわれらの月をすでに別な惑星から来た異星人が占有して基地化していることは間違いないのだ。ただしこの異星人達は敵意をもつものではなく、むしろ地球人に対して友好的であることはアポロ計画を全く阻止しなかったばかりか、危機に瀕したアポロ13号を救助したフシがあることからもわかるのだ。
ジョン・シルヴァー率いる海賊の一味が目ざす宝の隠し場所を発見したときには、すでに中はもぬけの空だった。失望した海賊達の耳に不気味な歌声が響いてくる。
死人の箱に15人 ラム酒1本ヨーホーホー
ロバート・L・ステイーヴンソンの名作『宝島』を地で行くような大失策をアメリカはアポロ計画で演じた。というのは別な惑星に触手を伸ばすための宇宙基地として月を目標にしたのだが、すでに“誰かが”先住していたからである。だがこれは宇宙に対して全く盲目であった地球人に驚天動地の事実を気づかせたという点でそれなりの価値はあったといえよう。
アポロ計画といえば隠蔽工作はまだある。1969年から72年にかけてアポロ宇宙船が次々と月に着陸していた当時、ヒューストンの宇宙センターで写真技術者として働いていたドナ・ティーツという男が、1995年5月6日にワシントン市のWoL局のラジオインタビューに出演して次のように話した。
「秘密の部屋で自分と一緒に仕事をしていたある同僚は、アポロ宇宙船が月面で撮影した写真を一般に発表する前に、写真中に写っているUFOの姿をエアーブラシで消すのが専門だった」
エアーブラシというのは、絵の具を噴霧器にかけて写真に吹きつける工程または噴霧器そのものを意味する。写真修正用に必備の道具である。こんなことをNASAがやっていたのだ!
別な元宇宙飛行士ブライアン・オリーリー博士は、1994年9月18日にコロラド州フオートコリンズの国際ニューサイエンス会議で公式に次のような宣言をなした。それによると、ほとんど50年間、米政府内のある秘密機関がUFO問題や異星人とのコンタクト事件に関する情報を隠してきたというのだ。彼はきっぱりと述べた。「我々は異星人の文明と接触してきたのです」
こうした事実の公開についてはどう思うかと聞かれて彼は言った。「少なくとも過去47年間におけるUFOと別な惑星の人間に関する情報は、たぶんCIA、NSA、DIA部内のあるエリート集団によって調整されつつあると思います。この小グループはこうした信じ難いような秘密事項をきわめて巧みに隠す能力があるようです。あの根絶し難いピースト(米俗語で、新しく複雑な機械の意味。つまりUFOのこと) を調査してきたその人たちは、UFO、異星人、マインドコントロール、遺伝子工学、フリーエネルギー、反重力推進法その他の秘密事を宇宙ウォーターゲートと呼ぶならば、本物のウォーターゲートまたはイランゲートなどは子供だましのようなものだとみていますよ」
■ロズウェル事件の「遺体解剖」映画は本物なのか?
1995年3月5日の金曜日、イギリスのテレビプロデューサー、レイ・サンティリは、ロンドン博物館で記者会見を行なって、彼は陸軍航空隊による墜落したUFO回収作戦の場面を含む軍情報部撮影の14巻にわたる16ミリ記録映画フィルムを所有していると発表したが、この中には数体の異星人の遺体が解剖されている場面を写したものもあるという。
サンティリ氏によると、彼はこのフィルムをジャック・バーネットからもらったという。バーネットというのは82歳になる軍の専属の写真家で、1947年七月のロズウェルUFO墜落回収作戦で彼が撮影した機密のフィルムの個人的なコピーを保管しているというのだ。
しかしサンティリ氏の仕事仲間であるクリストファー・コリーはこの話はピンとこないと感じており、そのフィルムは情報部員のリーク(漏洩)を通じて入って来た気配があるという。
この墜落UFOと遺体解剖のフィルムが実際に情報部筋から出たという根拠は、次の2つの事件を意味するのである。1995年にロンドンに滞在していた台湾UFO研究会のメンバー達は、同年6月にその記録映画を見たのだが、彼らは2年前の1993年に中国のUFOフィルムと交換にCIAから同じ遺体解剖のコピーフィルムを受け取ったというのだ。また元空軍情報部員のディック・ドティー軍曹が言うには、少し前にニューメキシコ州ロスアラモスの国立研究所でロズウェルのフィルムを見せられたというのである。1995年6月28日、ステイーヴン・シフを含む19名の上下議員団が、彼らの要求に対して異星人遺体の解剖の記録映画を見たのである。
これから2カ月後の1995年8月28日には『異星人遺体の解剖。事実かウソか?』と題する特別番組が世界で放映された。6本指の身長1.5ないし1.8メートルの異星人がテレビ画面に出てきたが、これはサンティリ氏が所有する別な記録映画で見られる4本指の身長約1メートルの異星人とは異なる人種だった(3頁の写真参照)。
このような差異を見ると、この各フィルムはロズウェルと別な場所との2種類の事件を意味しているらしい。こうした矛盾が意味するところは次の点だ。
ある巧妙な情報機関がデマ拡張作戦を実施して、疑惑を起こさないサンティリ氏や世界の大衆にニセの映画を押しっけることによって、1947年のロズウェルUFO墜落事件に関する証拠が急速に広がる状態から大衆の目をそらさせようとしたのかもしれない。
■いずれのフィルムも本物か
二者択一的にみると、この矛盾は巧妙な積極的なデマ作戦を意味しているのかもしれない。その場合は、各地の墜落UFO回収場面を撮影した本物の軍情報部撮影の記録映画がロズウェルの名のもとにそろって出回ったとも思われるのだ。その場合はロズウェルとは別な場所で撮影されたものとロズウェルとを見分けるために大衆の側の眼識を必要とするだろう。
この後者の作戦は、調査されたロズウェルの事実と矛盾する映画の場面を見せることによって、結局ロズウェルの事件は発生しなかったのだと思わせて、恐怖心をいだいている不信論者達を安心させる狙いもあったのかもしれない。
以下、ビデオの最後に出てくる20分間にわたる記録映像の抜粋は、明るい照明のもとで行なわれている解剖遺体の粒子の荒い画像を見せている。別な方面からの報告によれば、この部分は各種のフィルムに撮影されている3回の死体解剖の2番目だという。
病院の手術室のような部屋で3人の医師が働いている。そのうち2人はフード付きの病原菌隔離用の服を看ており、他の1人は大きなガラス窓の向こうから観察している。
隔離服を着た二人は黒い死体置き台の上に置かれている一人の異星人の遺体にとりついて作業をしている。その遺体の身長は1.5メートルないし1.8メートルぐらいだ。どうやら女性らしい。この女性の頭は人間よりも大きくて、頭蓋骨の後ろが大きく発達しており、異様な形である。両目は大きくて黒い。胴は腹部が大きくふくらんでいる。たぶん荒れ地で腐敗したのだろうか。
異様なのは手の指が6本、足の指も6本あることだ。右脚の1部は焼け焦げているが、これは墜落時の衝撃のためだろう。頭髪または腋の下の毛はない。見たところ肋骨もないようだ。耳と鼻は小さいが、人間のものと比較して未発達だ。口には歯がなくて、唇ははっきりしない。耳は極端に低い位置にあり、アゴの関節の下にある。ヘソもない。性器の割れ目と思われるものがあるけれども、はっきりとわかる乳房はない。したがってこの死体は異星人と地球人との混種ではないかと考えている研究家達がいる。というのは一応性器があること(これは地球人的なもの)、乳房が存在しないこと (これは異星人的なもの) のためだ。
イギリスUFO研究会の幹部であるフィリップ・マントルがむかし見た別な記録映画の場面によると、身長約1メートルから1メートル20センチ、手に4本の指を持つ異星人の遺体解剖が行なわれていたという。世界トップクラスのフィルムメーカー、コダック社がこのフィルムのリーダー(端に着いている挿入部分)を調べたところ1947年製であることがわかった。つまりロズウェル事件の発生した年なのだ。
これで大体に見当がつくのは、4本指の方がロズウェル異星人らしいということだ。そうすると6本指の方は別な場所に墜落した異星人で、これを軍がなんらかの意図でロズウェルと称したのか、それとも単なる混同なのかは不明である。
第3話へ続く |