1952年9月23日、またもクラリオンの大型機は7回目のときとほぼ同じ場所に着陸した。いつものように私のほかには誰もいなかった。自分の話を証明してくれる者が一人もないと思うと今度は本当にがっかりしてしまった。
機長室でアウラと話している間に、私はいちばん気になっている問題にふれて、宇宙旅行には友人を数人連れて行ってもよいだろうか、また時期はいつ頃になるか、とたずねた。
彼女は笑って、あまりあせらないようにと云った。「機会は来ますわ。お友達は6人くらいならかまいません」
「家内も連れて行きたいのですが。お目にかかることができればメリーもあなたを心から好くようになると思いますし、あなたのおっしゃったような完全な世界を見せてやればこの上なく喜ぶことでしょう」
彼女は首を振って答えた。「お気の毒ですが、トゥルーマン、それは得策ではありません。最初に同乗する人は男でないといけませんわ。それには理由のあることです。わたしの云うことを信じていただきたいのよ」
それではクラリオンの女性も人間らしい気持をもっていないのかと思って、私は多少疑わしげに笑い返した。米国の女は男というものをやがて夫になるべき自分の所有物と考えているので、米国が他国から来た女どもで一ばいになってそれが男たちを奪って結婚するのをひどく嫌がるのだ。アウラ・レインズ機長もクラリオンの女性のことしか考えていないのかもしれない。よその遊星から来る訪問者の中に女が一人まじっていれば、クラリオンの女たちはどんな態度を見せることだろう。最初は一人でも、あとから未婚の女が続々とやって来る可能性もあるわけだ。私の顔を見てアウラも私の気持を察したらしく、タスクス笑い出したが、べつに何も云わなかった。
今度もアウラはこの司令機で新しい乗員を連れて来た。私は何人かに出会ったが見覚えのある人は全然いない。だが、みんな以前の連中と同じような顔つきをしているし、同じように人なつこい。アウラの言葉によると、私と顔見知りだった乗員たちはあらためて再編成された上で宇宙旅行を続けているのだということだった。
ラス・ベガスでもロサンジェルスでも近頃の新聞は皆、空中に不思議な光が見えたとか、流星や円盤を目撃したという人のことばかり書いているが、それらはこの大型機やクラリオンの別な大型機なのでしょうかと私はたずねた。
すると彼女は「私たちの大型機は型も大きさも同じ、乗員の数も同じですわ。鉤や奇妙な尻尾のある円盤の話は、自分を有名にしたい人たちの云いふらすことなのよ」と云った。
だがその人たちも本当にそんな円盤を見たのかもしれない。多分それはクラリオンの円盤でなくて、どこか別の遊星から来たものではないだろうかと私は聞いてみた。
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▲新聞のインタビューに答えクラリオンの大型機は横幅300フィート、縦幅は真ん中の一番暑い部分で約18フィートと答えている。 |
「そうも考えられるわね」と彼女は考え深そうに答えた。「でもたぶんそうじゃないと思いますわ。他の遊星人にとっては地球はそんなに興味のある星ではないのよ。ですけど近頃地球人は原子力にとても熱中していますから、不注意なことをして他の遊星に害をあたえるようなことはないだろうかと、おそるおそる偵察に来ている円盤もいくらかあるかもしれません。もし地球が地球人みずからの手で爆破されてしまうようなことがあれば、周囲の空間にも重大な混乱が生じますから」
私はその言葉をくり返し心の中で考えていたが、やがて口を開いた。
「他のクラリオンの大型機はどうでしょう。みんなこれと同じだとおっしゃいましたが」
「そうよ。運動能力も速度もみな同じですわ。乗員はみなクラリオン人です。地球人に害をあたえることは決してありません」
「クラリオン人は素暗しいんですね。誰もかれもー人残らず働くのですか。でも年をとって働けなくなったら……年金法のようなものがあるんですか?」
彼女は首を振って寛大な思いやり深い表情をうかべた。
「そういう問題はあなたにはむつかし過ぎるでしょう、トゥルーマン。でもこれだけはもう一度云いますが―わたしたちは働くのが楽しみなのよ。退職や隠居は充分な修養を終えてからのことですわ。修養をつむためにのみ、この地球に着陸するのですもの。お気づきかもしれませんが、わたしたちが地球の飛行機を撃墜したとか、何かの方法で人間を苦しめたなどということは新聞にも出ないでしょう。また、空飛ぶ円盤を見て追跡しようと全速力で離陸したというジェット機操縦士の報告にだって、そんなことは述べてないでしょう。誰一人として妨害を受けた者はありませんわね。わたしたちはそんな場合ただ逃げるだけよ。でもときにはその連中がどのくらいの速さで追跡して来れるものかを調べようと、ふざけ半分にある程度の距離をおいて、地球の飛行機の前方を飛んだりすることはありますわ。しかし、わたしたちの生活は平和で善意に満ちたものです。生活を向上させることがわたしたち一生の仕事ですわ。地球のような国家の公約や遊星間の戦時条約などはありません。クラリオンを攻撃する者があっても、どんな大軍だろうが、私たちを滅すことも征服することもできないでしょう。私たちには充分な防衛手段があります。もっとも、ここでお話しするわけにはゆかないけど」
私は云った。「そんな完全無欠な人間がいるとはどうも信じられませんね。犯罪者や詐欺師は全然いないんですか?」
彼女はうなずいた。「そんなことを考える人さえいませんわ。留置場も刑務所もありません。その必要がないのよ」
「へえ!」と私は叫んだ。「クラリオンは天国ですな!」
それからまた新乗員の宇宙見物のことに話題をもどした。欧州、アジア、アラスカ、カナダ、それに米国北部を飛んだと彼女は云っていたが、それだけの航行にどれくらいの時間がかかるのだろうか? 急ぎのときは数秒間ですむが、そんな場合はあまり観察する暇はないと彼女は説明した。しかし、地球の各国家や民族の風習をよく研究するために、たっぷり時間をかけて決して急がないそうだ。この地球について彼女の気にさわることが一つあるらしい。それは不動産投機である。"土地売ります"の看板だ。土地売買業者は彼女にとってたまらなく嫌なものだとのことだった。
「あの人たちがクラリオンへ来たら、クラリオンも間もなくくだらないところになってしまうでしょうね。地球と同じように大邸宅と貧民街が同居するようになるでしょう」
よくよく不愉快な話題だったらしく、アウラはすぐ語を変えてしまった。そして"過去観察機"という機械の話をしてくれた。この機械でもって彼らはいつ、如何なる場所で起った出来事でも家にいながらにして見ることができるという。
「地球にはこんなものはありませんわね。私たちは大昔からそれを使っているのよ」と彼女はつけ加えた。
してみると地球のテレビはそれに近いな、とにかく現在の出来事だけは見られるんだから、と私は考えた。いつかは私たちも"時"を支配して未知の事柄を眼前にたぐり出すことができるようになるかもしれぬ。たとえばキリスト生誕の年にダイヤルをあわせて、主が厩の中でお生まれるになる光景を二千年あまりものちにまざまざとスクリーンの上に写し出したりしたら随分素晴らしいことではないか!馬鹿らしく聞こえるかもしれないが、現在われわれがあたりまえと思っている多くの物事も、それが考案されたときは、やはり馬鹿らしく見えたのだろう。誰だったか或る大作家が、人間の頭で考えたり空想したりすることは、みないつかは発明され完成され得るものだと云ったのを覚えているが、地球の機械の歴史はこの言葉の正しいことを証明しているように思われるのである。
私は自分の働いている仕事の計画と自分の受持の話をしたが、終ると彼女が云った。
「あなたが旅行にお出かけになれば、そのお仕事のほうにさしさわりがおこるのではないの?」
彼女はそれが気がかりらしい。そこで私は、いまの仕事はいつまでも続くわけではないし、続いたとしても大型機でクラリオンに連れて行ってもらえるなら、仕事などは喜んでやめるつもりだと話して、彼女を安心させようと努めた。でも一体いつ頃になるのか、とたずねると彼女は急に話をそらせてしまった。まだはっきりした日時はきまっていないようだ。
私は云った。「とにかく私はこれからもそのお話を考え続けて待っていますよ」
「ぜひそうして下さいね」と彼女は云う。「熱烈な精神統一をすれば何でもできるし何でも手に入るものよ。他人に意志を通じることもできるわ」
続いて彼女は随分興味のある詰を少しばかりしてくれた。もっとも科学者の中には否定する人があるかもしれない。先ず、この大型機はどんな遊星へでも行けるのだという。航行中は密閉されるわけだが、如何なる遊星でも着陸したら機体から出て自由に動きまわれることは地球に来た場合と同様である。別に特別な補助呼吸装置の必要はない。宇宙旅行中は内部の自動装置で距離を測定し、機体内の空気の変化や圧力を調整する。彼らにとって遊星間の距離をあらわす"光年"という言葉は地球で使用される場合とは全く異なった意味をもっている。それはあたかも夕方地平線下に没した太陽は翌朝再び昇るまで見えないのと同様である。また遊星は太陽光線を反射せぬ限り観察者には見えない。
以上の話はほとんど私にはちんぷんかんぷんであるが、ただ聞いたままをここに記しておく。きらに私たちはモルモン台地の気候のことも話し合った。最初の訪問の頃はおそろしい暑さが続いていたが、幾分しのぎよくなったこと、道路工事の進み具合のことなどである。砂漠に水を引いたらどんなに利益があるかという話もまた繰返された。別れを告げるとき彼女はもうー度云った。
「時期が来たら必ずあなたをクラリオンにお連れしますからね、トゥルーマン。心がまえだけは忘れないでね。何も持って行く必要はありませんが、丈夫な靴をはいていらっしゃい」
円盤を降りる前に私は振返って一つだけアウラに聞いてみた。
「なぜここにずっと着陸していて他の人たちにも大型機を見せたり、会ってみたりしないのですか?」
彼女から不思議そうに見つめられて私はどぎまぎした。ものわかりの悪いやつだと思われたような気がしたからである。だが一瞬後には彼女の顔の曇りは消えて、その声はいつものように快くもの静かであった。
「地球人を恐れているわけではないのよ、トゥルーマン、たとえ大勢やって来てもね。つまりその人たちの無事ということを考えるからです。珍らしいものを見たり聞いたりすると群集というものはどんな振舞をするかおわかりでしょう。恐怖にかられると彼らはわれ知らず危険な行動にでるものですし、そのために自分たちが傷つくかもしれません。あなた方、つまりあなたやお友だちの方がクラリオンにいらっしゃることについては、5、6人なら喜んでお招きしますわ。でもいまのような地球人が自力でやって来るのはもちろんおことわりよ。あの人たちがもしクラリオンを征服できたら、私たちの星をすっかり改悪して、この地球の不幸な状態を再現してしまうような恐ろしいことになるでしょうからね。
どんな遊星から攻撃を受けても、クラリオンがそうやすやすと征服されることはないでしょう。でも神のみ手はいかなることでも成就し給うものです。好んで危い橋を渡る必要はありません。それに攻撃というものはたとえ不成功に終ったとしても、はかり知れぬ不幸と悲惨をもたらすでしょう。今の状態では、地球人が私たちのように空間を征服するには百万年かそれ以上もかかるでしょうが、そのうちにはあなた方地球人も神のみ旨にしたがって、真実の生き方を悟るようになっているかもしれません」
彼女はきわめて真剣で、その言葉を聴いていると私も真面目な気分になってきた。私は円盤から砂漠の砂に降り立って複雑な気持で空を見上げた。夜はほとんど明けて、私は疲れていた。さまざまな不思議な物事を理解しようと努力したために頭も疲れきっていた。今しがたまで円盤のいた所から私はのろのろと歩いてトラックに乗り、何か食べようと食堂に帰って行った。
食堂の客たちは話しかけたいようなふうだったが、私は首を振って黙って食事をすませた。静かに考えてみたかったからである。
食事を終えると勘定を払い、居あわせた連中に無言で手を振って部屋に引上げた。だが眠れなかった。家内が来てくれぬことがどうしても頭を離れない。もうだいぶ涼しくなっているから、子供たちを連れて来てもさほど体にさわるようなことはないだろう。私はもう一度催促してみる決心をした。なんといっても彼女は私を愛しているのだから、私の気持をほんとうに理解してくれれば、こちらへ来るだろう。
そんなことを考えて私は深い溜息をついた。幾度も寝返りを打ちながら私はしだいにうつらうつらし始めた。
第10章 クラリオンの結婚式へ続く |