今でも固く信じていることだが、宇宙人が地球を訪れるというのは重大であると薄々ながら感じていた。また地球の人間もこの事実を知る必要があるのだ。そればかりか、その気さえあれば彼らと友人にもなれるし、そうした友情を通じて宇宙に関する我々の知識を豊かにして、宇宙全人類の幸福のためにつくさねばならないとさえ思うのである。
だが私個人としてもっと重要なことは、妻に納得してもらうことだった。私は強硬な態度で手紙を書いた。そして、こちらに来てとにかく私の話したことを自分で確かめてくれと云い張った。
ところが、返事を書くかわりに妻は電話をかけてきた。しかもネバダ州オーヴァートンの砂漠荘でやっとのこと私を電話口に呼び出したのである。挨拶のあとで、彼女がいきなり呼びかけた言葉は、私の手紙におとらないほど強硬なものがあった。
「トゥルーマン、あなたのお手紙は大きらいよ。そりゃあわたしだってお手紙はいただきたいわよ。でもあんな気味の悪いことをお書きになっちゃいやだとあれほど云ったじゃありませんか。あなた、わたしにやきもちをやかせたいのね。きれいな宇宙人の女といく時間も話したとか、わたしにも会わせてやるなんて、そんなこといってわたしを来させたいのでしょう。でもそれはだめよ。わたしはやきもちやきじゃないんですからね。云っとくけど、わたし、この暑いのにそんなところへは参りません」
やきもちをやかせるなどとんでもないと私は抗弁して、アウラからフランス語の手紙をもらった女の子も傍にいるから、なんなら私にかわって説明してもらおうかと云ったが、それを聞くと妻はよけいに腹を立てた。
「だめよ!いけません!見も知らぬ女なんかと話したくはありません。あなたのおっしゃることが信じられないのに、どうしてそんな女が信用出来ますか?おとなしくしてバカげたことはみんなお忘れなさい。少なくともわたしへの手紙では書かないでね」
それだけ喋ると、私には一言も云わせずに彼女はガチャーンと電話を切ってしまった。
すっかり失望した私は受話器を置くと向き直って、そばでニヤニヤしている女給をなさけなさそうに見やった。
「奥さま、気をわるくなさったんじゃありませんか?」と彼女はクスクス笑いながら云った。
「うん」と私は答えた。「せめてあんたの手紙の朗読でも聞いてくれればなあ。そうしたら少しはききめがあったかもしれんのに」「どうかしら―」と彼女は云うとまた仕事にとりかかった。
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▲在りし日のトゥルーマンと彼の妻。 |
私はカウンターの前に席を移してコーヒーを一杯注文した。もう一通の手紙、中国語の返事はまだポケットのなかにある。フランス語の手紙のことを妻に話したので思い出して中国人のコックに見せたくなってきた。
「中国人のコックはどこにいるんだい?」と聞くと、女給は料理場の方を顎で指した。
「呼んでもらえないかな」私はその手紙をポケットから出しながら云った。「話があるんだ」
彼女が料理場へ呼びに行くとまもなくコックが両手を前掛で拭きながらのそのそと出て来た。私はたずねた。「中国語読めるかい?」
「ものによるね」と彼は云う。「中国語、いろいろ書き方ある……英語も同じこと…読めるのもある、読めないのもある」
私はアウラの手紙を見せて読んでくれと頼んだ。彼はそれを受取るとしばらくじっと見つめていたが、私には彼の黄色い皮膚がやや青ざめたように見えた。私に手紙を返すと彼は興奮しで叫んだ。
「手紙読めない。この世のものない。あそこから来た!」そして芝居がかった様子で天井に向けて片手を上げると一目散に料理場へ逃げ込んだ。
こんなに彼がびっくりするなんて、アウラは一体どんなことを書いたのかと私は不思議だったが、私には何もわからなかった。
10日後に円盤に出会うまで、私は相変らず毎夜台地で働いていた。場所は、6度目の訪問を別とすれば、円盤の着陸した全地域にわたった。ときどき非番の夜でも、宇宙人が来てはいないかと思って、トラックで出かけることもあった。
二度ばかり作業場の監視人のところへ話しに行った。彼は私が話したことのある9月5日金曜の夜、円盤の投下した閃光信号の燃え残りを発見したと云う。硫黄を燃やしたような臭いのするただの黒い塊だったそうだ。多分外被の残りだろう。閃光はすぐに燃え尽きたからだ。二人は星空のもとで腰をおろし、流星か火球か円盤のようなものが見えはしないかと注意していた。
私は一度昼過ぎにラス・ベガスの上空を非常な高度で二個の円盤が比較的ゆっくりと飛んで行くのを目撃したことがある。ゆっくりだとはいってもジュット機の100倍はあるだろう。なんとなく飛び廻っているという感じだったが、はっきり見ることが出来た。円盤の飛ぶ光景は飛行機のようにたびたびは見られないのが普通だから、このときは驚いてしまった。時間にすれば僅かの問で、多分数秒くらいだったろう。他の人も見たという話は聞かなかったが、昼ひなかに空を眺めている人は少ないから、目撃者もなかったのだろう。見たけれども報告しなかったという人もあるかもしれない。その気持はわかる。これまでにも大勢の人がそんなことを話したばかりに嘲られ冷眼視されたからだ。いずれにせよ、報告があったとは聞かなかった。
或る夜、たしか9月12日だった。私は監視人と一緒に作業場の外に坐って、遥か上空に見える一条の光を眺めていた。それは水平に旋回しているようだったが、降下する様子はなかった。おそらく数百マイルも離れたところだろう。方角は大体ユタかアイダホもしくはモンタナあたりだった。空飛ぶ円盤じゃないかと二人で話し合ったが、台地に着陸する気配はなかった。
ところがついに9月16日の夜、私が作業場、というよりもむしろその外にいたとき、私はまたクラリオン人の訪問を受ける光栄に浴したのである。
下降して来た大型機は、いつかも降りたことのある輸送路にまたがって着陸した。作業場から25フィートばかり離れた位置である。
あの高速で接近してしかも正確に着陸する光景はなかなかの見ものであった。あの運動能力と精密さを生み出す彼らの機構は、たとえ今のジェッ卜機やプロペラ機には間に合わなくても、地球の科学者が熱望しているものなのだ。
ちょうど汽船が接岸する際に急停止してから徐行するように、動力を自動的に瞬間的に逆転できるきわめて鋭敏な圧力装置みないなものなのだろうか。いずれにせよ大型機の運動は完全、正確かつ迅速である。レーダーのようなもので操作されるとしたら、あらゆる電子装置中でも最も精密なものだろう。
円盤が着陸すると、私も時を移さず駆けつけた。前にも云った通り、もう恐怖を感じることはない。その夜は二つのことしか念頭になかった。第一は、円盤や宇宙人が私の空想の産物でないことを証拠だててくれる人が、一体なぜ一人も居あわせないのだろうということであった。彼らは何かの不可知の力で、私以外に人気のないときを、選んだりつくり出したりするのだろうか?
とにかくトラックはみな好調で、運転手たちも朝までには貯水池を満水にするため全力をつくして働いている。ごくときたま警笛を鳴らして道路の野兎を追っばらったり、私に挨拶したりするだけだ。作業場はハイウェイから四分の一マイルも離れているし、ここに来る道路はハイウェイから直角に入っている。
大型機が例の通り少し傾いて着陸すると、乗員たちがぞろぞろ出て来て、私にはさっばりわからぬ言葉で話し合いながら歩きまわっていた。アウラが現われて私にいらっしゃいと手招きした。二人はいつもの通り長い間楽しく雑談した。
アウラの部屋、または事務室なのか、そこはいつ来てもべつに変ったこともない。機体の内部には他にも多くの部屋があることはもちろんわかつていたが、私はこの部屋以外の場所を見せてもらったことは一度もない。
今度の地球訪問には全く新しい乗員を32名連れて来たとアウラ機長が云う。彼らにとっては初めての地球への旅なので、大西洋で演習中の米国連合艦隊を見たときはとても喜んだそぅである。そのためにこちらへ来るのが遅くなったとのことだった。
私はその話をよく覚えておいたが、数日後のロサンジェルスの新聞で米艦隊が大西洋で行動中という記事を見て、やっぱり本当だったことがわかって嬉しかった。
沢山の人からいろいろな事柄をあなた方宇宙人に聞いてみてくれと頼まれているけれども、私自身が一番知りたいことは、もしかしたら数日前にこの大型機がこの付近を通過しなかったか、それともあれは単なる流星だったのだろうかと私は彼女にたずねてみた。
すると、流星なら必ず完全な弧を向いて落下するし、しだいに速度が落ちるにつれて光度も色も変化し、最後には消滅すると彼女は云う。「それはたぶんわたしたちだったのでしょう。でもずっと遠くだったわね。新しい乗員たちに景色を見物させるために、わたしたちは地球をひと廻りしてあらゆるところを飛びましたわ。イギリス、ロシア、アラスカ、カナダ、それにお国などです。この次は南半球をまわるつもりよ」
オーヴァートンに住む或る娘さんたちから、クラリオン人の家庭生活とか、ダンスはするのかとか、学校、園芸、家畜だの、子供の育て方などについてアウラに聞いてみてくれと頼まれていたので、それを質問表にまとめてあった。私はそれを黙って彼女に差出した。
彼女はそれを読んでから机の上に置いて話し始めた。「今夜はお友だちを連れていらっしゃると思っていたのよ。どこにかくれていらっしゃるの?」
オヤと思って私は溜息をついた。なあんだ、この人たちにも周囲に誰もいないのを予知する力はないんだな。だとすると今までのは単に偶然の一致だったのだ。
トラックの運転手たちは新記録でもつくるつもりで働いているらしい、ガソリンの補給か故障でもない限り作業場には寄りつきませんからと私は話した。
夜間の作業計画は昼間使用する水の量しだいできまるし、まだ夜もそんなにふけてはいないから、ホワイティーはポンプの近くにいるはずだ。
彼女は云った。「砂漠で水が必要なことはよくわかっていますわ」
最初の訪問のときにも彼女は同じようなことを云ったし、また、今後数千年の間引続いてこちらへ来るつもりだが、砂漠にみられる水分のほとんどは涙だろうなどと驚くようなことを語ったのも読者は覚えておられるだろう。
彼女の言葉には私は今でも驚いている。彼女が大変な長寿であることをほのめかしているし、深い叡智と過去の歴史に関する豊富な知識があるらしいことを現わしているからである。さらによく考えてみると、その言葉の裏には水を利用してまだまだもっと地球の荒地を開発する手段があるはずだという暗示ないしは希望があるように思われる。現在モルモン台地には緑樹などどこを探してもないのだ。クラリオンという素暗しい遊星から来たこの女性は我々地球人を多少可哀そうに思っているらしい。
やがて彼女は私の質問表の一部の答を聞かせてくれた。
「いつでしたかしら、私たちの生活も地球人と同じようなものだとお話したことがありますわね。ただ有難いことに私たちはいろいろな点で地球の文明よりもはるかに進歩していますのよ」
クラリオンの教会はいつも人で一杯だと彼女は云う。子供たちは地球と同じように先ず正直、清潔、秩序などを教えこまれる。クラリオンでも教育は第一に考えられている。
誰もが協力し合うのは彼らの先天的な特色で、窮乏などはない。地球でいう富もしくは財産はもっと平等に分配されている。人々は生活や学習に忙しく他人にくだらぬ好奇心をいだいたりすることもない。
読者はお気づきだろうか、最初の会見のときから彼女は地球人もクラリオンを研究し、訪問して欲しいと強調している。だが、私自身はまだなにも具体的なことを聞いてはいない。
クラリオン人もダンスは好きだそうである。種類もいろいろある。ポルカ、スクエアダンス、フォークダンス、古典や新しいバレーなどだ。
「誰もみな楽しい家庭生活を送っていますわ。仕事はたくさんあります。それから特に申しあげたいことは、わたしたちは決して孤独ではないということです。子供たちには遊び場所も玩具もあります」
彼女は笑って云い足した。「遊び飽きると子供たちはちゃんと玩具を戸棚の中にしまいますよ。若い人たちは学校へ行きます。学ぶことがたくさんありますからね。信じられないかもしれないけど、誰もが心の底から勉強したくてたまらないのよ。先生は立派な勇気のある人たちですし、みんなで助け合いますから、悩んだり苦しんだりすることもありません」
彼女は一息いれてリストを眺めると、また話し続けた。
「私たちの栽培する木、花、穀類などのことをお聞きでしたわね。そうね、農場も農家もあります。専門の人たちは地球もびっくりするような方法で土地を耕して、いろいろな野菜や果物を育てています。ご存知の品種もあれば、まだごらんになったことのない変種もありますわ。クラリオンの土はよく肥えていますが、雑草は生えていません。種子は美しいまっすぐな畝に播きます。作物がみのって収穫どきになると一人残らず作業に加わります。仕事は喜びと平和をたたえる歌をうたいながらすすめられるのよ。
交通の問題はありません。混雑することもないわ。道路は広くて平坦ですし、けわしいところもないのよ。小型の中性子ジープ―といえば一番近い表現になるかしら、それに乗れば好みの速さでどこへでも行けますが、交通事故は決して起りません。反磁力燈のおかげで、衝突しようとしてもできないようになっています」
続いて彼女は動力の問題にふれた。うまく説明するためにしばらく考えていたが、やがて第三の原動力について語ってくれた。
「第一は反磁力または反重力、第二がプルトニウム、第三が中性子を利用したものですわ。クラリオンではこの中性子動力を家庭で使うのよ」
長い間室内で話したあと、彼女は外の景色を眺めようと云い出した。二人は外に出て、私は地上に降りたが、今度は大型機の縁にもたれないように気をつけた。しかしそのことについては答えてもらう機会がなかった。男たちの一人が近寄って話し始めたからである。
道路工事には何人くらい働いているのか、進捗の工合はどうかと彼は私に問いかけた。工事は順調に進んでいる、労働者の数は大変なものだと私は答えてから、初めて地球を訪問した感想はどうかと聞いてみた。
大変面白い、それに地球の人とお話ができて嬉しいと彼は云った。地球にも彼らと同じような人類が住んでいる事実を、クラリオン人も長い間信じなかったのだという。しかし今では奇妙な形などしていない普通の人類の住む遊星が随分沢山あることを彼らは直接見て知っているそうだ。知るというのはよいことだ。それで彼も宇宙旅行をますます重要だと思うようになったという。地球人も自力で多くの遊星を観察しに行けるようになれば、それはきっと快い驚異を私たちに与えるだろう。
私も笑って云った。「ほう、すごいですね。そのときが待遠しいですなあ。私の生きているうちだといいんですが」
小さな男たちは大部分散歩を終えて大型機に帰って行った。最後まで残って私と語り合っていた二人もついに別れを告げて機長と並んで入口に立った。
彼女が呼びかけた。「もう出発します。でもまたすぐにまいりますわ。あなたをクラリオンにご案内して、月のむこう側にあるわたしたちの美しい家庭をごらんにいれる計画をたてていますから、そのことをお忘れなくね」
「楽しみに待っています」と私は一生懸命に云った。「そのときは知らせて下さい。すぐ仕度をしますから」
彼女は手を振ってひっこんだ。扉が音もなくしまると、この巨大な銀色の円盤は月の光にキラリと輝いたが、まばたき一つする間に見えなくなってしまった。
発しみが一つできた。空飛ぶ円盤による他の遊星への旅。クラリオンの司令機で宇宙旅行をする楽しみが―。
第9章 過去観察機へ続く |