長い手紙を書いた。先ず冒頭に私が正気であることを断言して(最初の頃は自分でも自信がなかったのだが)、それからクラリオンから来る円盤と乗組員について書き始めた。初めて見たときの様子をくわしく述べ、その後の三度の訪問で見たり聞いたりしたことも書き、友達にも話したことや彼らの反響についてもつけ加えておいた。
長い手紙になったが、出来るだけ得心のゆくように書いたつもりだった。しかしそれを読んだ妻がどんなに打撃を受けて悩んだかはのちになって知った。
メリーからの返事を待つ間の私はいても立ってもおられぬ気分だった。あの手紙は彼女の一生でも最も途方もないものだったことだろう。
彼女も航空便でできるだけ早く返事をくれたが、大体私の予想していた通りであった。
妻は私の手紙を読んで心の底まで混乱したといってきた。書いてあることが彼女には全く信じられないのみならず、彼女の読んだ新聞でも、政府までが、円盤を見たという者は皆なにかを誤認したのか、でなければ安直に有名になろうとする大嘘つきであると嘲弄しているというのだ。私が嘘つきでないことは妻も知っている。夫を誠実な人間だと信じている彼女にとって考えられることは、私が冗談を云っているのか―あの手紙には冗談めいた調子は全然なかったはずだが―でなければネバダの暑さで頭がやられたかの二つしかなかったのである。
彼女はさらに続けて、私たちは結婚以来まだ数年にしかならないし、それ以前の私の心身の状態に関しては彼女はほとんど何も知らないので、わざわざ私の娘たちに電話して、私がかつて幻覚におそわれたり精神病院の厄介になったりしたことがなかったかどうかをたずねてみたとも述べ、また、あんな手紙を読んだらどんな女でもおそろしい打撃をこうむって、夫の正気を疑わない者はいないだろうから、どうかわるく思わないでくれと、心から気づかっている様子である。
だがしかし、電話に出た娘たちは二人ともそんな疑いを陽気に笑いとばしたので、彼女はいっそう迷ってしまったと云う。
娘たちは私の手紙の内容を妻から聞いて、当惑するどころかむしろ面白がり、好奇心にかられて私の体験をくわしく知りたがったらしい。これには妻も驚いた。彼女としては誰だって自分のようにびっくりしたり心配したりするのが当然だと思っていたのだ。
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▲ラジオ番組に出演中のトゥルーマン。 |
夜一緒にトラックで円盤を見に行こうという私の提案は全く問題にならなかった。要はまだ子供をあずかっているし、わざわざ暑い所へ健康を害するために子供たちを連れて来るのはまっぴらだというわけである。彼女はあくまでレドンド・ビーチのわが家に留りたいと云う。
わたしがいなくて淋しいという手紙なら何通でも書いて欲しいが、円盤や宇宙人の話はもう一言も聞きたくない。他人に話すのもやめていただきたい。そうすれば誰も忘れてしまうだろぅ。少しはわたしのことも考えて、わたし宛の手紙や他人との話ばかりか、あなたの心の中からもそんな事柄は一切捨て去って、もう一度もとのトゥルーマンになってくれ、と彼女は訴えできた。この手紙は私の心に複雑な感情をひきおこした。先ず、妻が私の正気を疑っているらしいのに少々腹が立った。次にこの話を聞いたときの娘たちの態度は嬉しかった。
が、とにかく少し落着いて考えてみると、メリーの返事も結局私の予想とたいして変らなかったわけだ。もし私が妻からあのような手紙を受取ったらどんな気がするだろう。私も彼女の立場になって、結婚以来まだ八年にしかならないことも考えてやるべきだろう。娘たちは生まれてからこのかた私という人間を知っていて、私を信頼していればこそ、すぐに受入れてくれたのだ。しかしメリーは―どうして彼女にわかるだろう。
それに勿論、レドンド・ビーチに住む妻の友人たちがこの話を聞いたら、疑いもなくあなたの夫は大嘘つきだとか気違いだとか妻に云うかもしれない。私が直接話をした人々でさえも同じような態度を示した者が大勢いたではないか。それどころではない。近頃はもっと別な、もっとタチのわるい評判さえある。朝鮮に息子が出征していたり、新聞で米国の共産党の地下道動もいろいろ読んだりしている人のなかには、私が敵国のスパイと連絡をとっているのだと思い込んでいる人も数人いるのだが、その人たちは「銃を持って夜おまえをつけまわして、もしおまえが飛行機とか飛行船といった航空機から降りた者と連絡している現場を見つけしだいに、両方とも射殺してやるぞ」と私にくってかかったこともある。
どうやら私は仲間はずれにされて、身の危険を感じるようになり果てたらしい。それが宇宙人からでなく、同胞からの危険なのだからなさけない。
人間は未知の事物にたいして恐怖と疑惑の念を抱くことはよく知られている事実である。私は潔白であるし、私の体験を理解すれば誰でも喜ぶだろうに、かえってひとかたならぬ危険な立場に追込まれてしまったのだ。共に働き、信じている人々から射殺されるかもしれない。こんなことを考えると全く嫌になってきた。メリーのはうが正しいのではあるまいか。一切を忘れて、今後また円盤が着陸しても近寄らないことにしようか。
宇宙人との会見を続けてもし彼らにまで危険が及ぶようになったら、と考えると本当にもう近寄るまいとまで思った。もし悪くいって、宇宙をかけめぐるあの自由な人たちが捕らえられ、幽閉されたらどうしよう。
私一人ではとてもこんなことを決定できなかった。あまりにも重大であり、また危険でもある。やはり仕事に専念して一切を神の御手におまかせすべきだろう。宇宙人の云うすべてを知り給い、すべてを見給い、すべてを愛し給うあの神の御手に……。
これだけお話すれば、次回の円盤来訪を私が.あまり待ち望んでいなかったことはおわかりだろうが、それにもかかわらず、あらゆる恐怖も疑惑も再度円盤を見たとたんに、神の見えざる御手で拭き消されたように私の心から消え去ってしまったのである。
1952年9月5日の夜、クラリオンの大型機は5度目の着陸をした。時刻は今までよりずっと早く、牛後10時半かそこらであった。着陸地点はモルモン台地の作業場のすぐ西側、250ヤードも離れていない所である。
私はしばらくの間一人で作業場にいた。トラックを全部給水に出してやり、日中の道路建設に埋立材料を運ぶフォードのダンプ・トラック6,7台にガソリンとオイルとを補給しておいてから、外に出て空を見上げた。
不意に闇をつんざいて一筋の光が流れた。明るい閃光が地上50フィートの上空から落ちて来て、数秒間輝いてから消えた。
何だろう、飛行機かな?
発作的にトラックに駆けつけ、懐中電燈を用意して、その閃光が地面に達した方に向って道をくだって行くと、円盤が着陸していた。
あの高速なら円盤は円を描いてラス・ベガスまで飛び、それから先刻の閃光が落ちた地点から数フィート以内に正確に着陸したのだろう。
彼らの方向探知機というか、とにかく予定の地点へ円盤を向ける装置の正確さは驚くほどである。
今度の着陸で多少の埃が舞い上ったのに気づいた。これはどうも昼間しか使用されていない輸送路のまんなかに円盤が降りたためらしい。
いつものように私は機内へ招かれて、アウラ・レインズ機長とながい問答をした。彼女はこの前の訪問のとき、私が男たちと話し合ったことを残らず知っていた。これは乗員たちから聞いたのだろう。彼女はあの高い美しい声で、地球人も間もなく彼女たちの遊星を訪れたり、宇宙の壮大さを見たりするようになるだろうと話してくれた。前にもそんなことを云ったことがあるが、私は、自分の知らないことを彼女は一体どれくらい知っているのだろうかと考えた。彼女の言葉の意味は、地球でもすでに宇宙船が完成しているということだろうか、それともクラリオンの人たちが私たちを何人か大型機で連れて行ってくれるというのだろうか。私はこれを聞いてみた。
彼女は笑って答えた。「あとのほうの意味ですわ」
そこで私は云った。「有名な科学者や政治家でなく、私のようなつまらない職工がえらばれて、あなた方の夜の訪問のお相手をするとは、どういうわけなのだろうと不思議がっている人もあるんですが」
彼女は尤もだというようにうなずいた。「そうね、それはこういうわけです。私たちは地球に来て安全な着陸場所を探していました。ウェルズ・カーゴ社のおかげであなたが偶然に近くにいあわわせたのです」"おかげで"と云ったが、有難く思うべきは私なのか、それとも彼らのほうなのか、べつに問いただしてはみなかった。
この人たちが別に機密や情報を求めているのでないことはわかっている。第一、私は何も知っていないし、また政府の政策とか原子力問題その他の話が出たこともないからである。私は政府の極秘計画などに関係したことはない。
クラリオンという遊星の名称に疑念を抱いている人も大勢あると云うと、彼女は答えた。
「地球人と同じように私たちも物には名をつけていますわ。でも同じものを違った名で呼ぶことはあるわね」クラリオンは月のむこう側にあるので、地球ではどこからも観測できないのだとも云った。
私はオーヴ?ートンの自分の部屋のことや、明日はラス・ベガスに行って雇主の家で一晩過ごすのだということなどを話して、彼の家族やその他の人たちにも私と同じように円盤を見たり乗員と話したりする機会を与えていただきたいというと、彼女は「多分、ごく近いうちにね」と答えた。
彼女は机のむこうの自分の椅子から立上って、今夜はこれでお別れしましょうと云った。私もー緒に外へ出ようと立上ったが、数歩も歩くと彼女は立ちどまって私の方を振り向き、大きなとび色の眼に考え深そうな表情を浮べた。
「トゥルーマン」と彼女は初めて私の名を呼んだ。「今夜はひどく心配ごとがあるようね。なにか変ったことがあるんじゃないの? わたしでお役に立つことなの?」
私はじっと彼女を見た。その言葉から、心配そうな思いやりのある様子に打たれて私は打明ける決心をした。
「ええ、いろいろ心配なことがあるんです。あなたのことを家内に知らせてやったんですが、家内は私が発狂したと思ってるんですよ」 彼女はうなずいた。
「そうでしょう。奥さまのお気持はわかりますわ。でもほかにまだ気がかりなことがあるでしようね」
「それは―」私はためらった。このことだけは彼女に洩らしたくなかった。同胞のことを私は恥ずかしく思ったからだ。
「私を疑っているのは家内ばかりじゃありません。あなたが他の星から来たと云っても、全然信用しない人が大勢いるのです。やつらは私が祖国の敵と連絡していると思っていますし、私がへんてこな航空機から降りた者と話しているところを見つけしだい、両方とも鉄砲で射ち殺してしまうと云うんです。あなた方を危険な目にあわせたくないのですよ。私はどうなってもかまいません。人間一度は死ぬのですから。しかし私は、友達のあなた方には死んだり捕虜になったりしてもらいたくないんですよ」 これを聞くと彼女は美しい声で朗かに笑った。
「トゥルーマン、あなたは地球人が私たちに危害を加えることができると思ってるの? 地球人から迷惑をこうむることもあるけど、危害を受けることは絶対にないわ。私たちが用いている力は地球人の想像以上のものなんですから」 私は顔をしかめた。
「やつらを殺すとおっしゃるんですか? 私としては、そんなことは―」
「いいえ、とんでもない」と彼女はまた笑った。「殺したりはしませんわ。クラリオン人は何物をも殺しません―絶対に」「じゃあ、どうします?」私は追求した。「もし地球人があなた方や円盤を攻撃して来たら?」彼女は真面目な顔になった。
「地球人が攻撃なんて馬鹿な真似をすれば、私たちはそれを阻止します。それだけよ」
「でも、どんな方法で?」 彼女は答える前にちょっと私を見た。
「その人たちはみんな消えてなくなります」
「消えてなくなる、とおっしゃると?」私はけげんそうな顔でたずねた。だが幾分安心したような顔になったらしい。彼女が次のよううに云ったからだ。
「ちょっとした実験をお計にかけましょう。これはむつかしいことですから、あなたには説明しにくいのですが―」 少し笑ってから彼女は私を押してドアーの方へもどり始めたが、入口で立止まると「あまり大切でないような物を何かお持ちですか?」と私に云った。
私はポケットからプラスティックのカバーのついた懐中電燈を取出した。「これはどうです?」
「それで結構よ。あまり金属がついてないから。それを手で軽く持ってちょうだい。いえ、握らないで。軽く手のひらにのせていて下さいね。そら……」
私たちは夜の砂漠に顔を向けて機の入口に立っていた。彼女は私の傍で私の手の上の電燈を見ている。私も彼女の顔から懐中電燈に視線を移した。一言も口をきかず……。突然、私の手は空になった。
私は空っぽの手のひらからアウラ・レインズ機長の顔に目を上げてどもりながら云った。
「なくなった……動きもせず音もしないのに……なくなった!」
アウラはおごそかにうなずいた。
「そうです」と彼女はささやくように云った。その高い声もいつもより低い。「そうです。永久になくなりました」
「永―永久に……?」
私の唇はからからに乾いて声も出ない。あまりの驚きに別れを告げるのも忘れたまま私は円盤を降りた。振向いて手も挙げなかった。どんなふうに円盤から遠ざかったかも覚えていない。おそまきながら手を挙げようと振向くと、もう円盤の姿はなかった。
第7章 機長アウラ・レインズのフランス語の手紙と中国文筆蹟へ続く |