私は給水トラックを全部調子よく整備したあと、時間があればエルジン・カープ水路近くのポロウ坑にあるはずのキャタピラー・トラックを探し出して、サーモイドを取付けるように命ぜられていた。牛後11時には油差しが皆帰ってしまうから、それまでにはトラグターを見付けなくてはならないので、正確な場所とトラクター番号を油差しから聞いておく必要があった。
油差しにはわけなく出会った。オイルとグリースの補給トラックは、上部に照明燈を積んで、疾走中も消さないから、どこにいてもすぐわかる。彼らは私にトラクターのおいてある場所と番号を教えてくれた。
トラクターを探し出したあと、グレンデール(マディー河)の給水ポンプの手入をすませ、コーヒーを飲んでから、2つの貯水池に出かけて、給水トラックのヘッドライト、ブレーキ、排気管などを点検した。そしてまっすぐに作業場へ帰って行った。ホワイティーに提案したいことが1つあったからだ。
彼に出会って私は次のように話をもちだした。宇宙人は、また来るといえば絶対に嘘はつかない。だから1週間ほど毎夜、しかも夜通し私についで来ないか。そうすれば彼自身もあの巨大な円盤を目の前に見ることが出来るし、宇宙人に会えることもたしかだ、と。
彼は承知した。だが、少なくともその夜だけは駄目だった。おそろしく暑い夜だったが、ピールは冷えていた。真夜中頃になって、ホワイティーは、グレンデールに大事な用がある、2、3分ですむから30分以内には帰ると云いだした。
私は彼に、もし円盤が着陸しても、彼が一時間以内に帰れば必ず会えると請合った。円盤が着陸するのはいつも真夜中をだいぶまわってからである。そこで彼はすぐ帰るからと約束して出発した。
−時間ばかり作業場の近くで働いていたが、ホワイティーが帰らないので、直接キャタピラートラクターの方へ行ったのだろうと思い、私も朝までにトラクターが動くようにサーモイドを取付に出かけた。
到着してみると、あらゆるものが静かでのんびりしでいるが、ホワイティーの影も形も見当らない。あるのは私のトラックとトラクター、それに広い砂漠だけだ。ただちに修理にとりかかったが、顔や首すじを流れる汗を拭いながら、いまごろカリフォルニアのレドンド・ビーチの涼しいわが家にいれば、どんなに素適だろうとつくづく考えた。
仕事が終って私はトラックに乗込んだ。いつでも動き出せるように北東を向いている車のハンドルの前に腰をおろし、なぜホワイティーは遅れたのだろうと、しばらくぼんやりしていたが、まあいい、今夜は何も起らなかったんだからと思っていた。
そのとき、トラックの側面をコツコツと叩く音が聞こえた。「ハハア、うまく不意打をくわせたな」と私は思った。
しかしホワイティーではなかった。いつものかん高い声がこう云った。
「こんばんは。また来ましたわ」
他の遊星から来たアウラ・レインズ機長だなと気づくと、ホワイティーが来なかったことにちょっとがっかりしたが、私は喜んでトラックをとび降りた。
その夜、月と星の光で銀色に輝いている彼女の顔を見ると、その美しさに今更のように感動した。その肌は単に人間の肉体の覆いというよりも全く大理石の彫刻のようだった。
挨拶を交しているうちに気がついた。トラックは東北を向いていて、その方角には何も見えなかったのであるから、円盤は西南からロサンジェルスの方向に飛来して、私の背後に着陸したのだろう。勿論無音だから私にはわかるわけはない。ブレーキのきしむ者とかエンジンの爆発音などは全然ないのだ。円盤は人に感づかれるより先に現われるのだが、正直なところ、アウラ・レインズ機長がトラックを叩いて声をかけたときには仰天した。
初めて宇宙人を見たときの恐怖や畏敬の念はもう感じなくなっているので、その夜の第4回目の会見中、私はきわめて冷静だった。心臓の鼓動も最初のときほどに早くは打たない。ただ彼らとの再会が嬉しかっただけである。
例によって、グレイハウンド・バスの運転手のような制服の乗員が数人、機長についてトラックの傍まで来ていた。私がトラックから降りてすぐ「こんばんは」と声をかけたら、そのなかの3人が「やあ」と答えた。
私は機長に向って、またお目にかかれて嬉しいという気持で笑ってみせた。「あなたは昔からの友達のような気がします」と私は云った。「それに私は形式ばった態度で友達と話すのは慣れていないんですよ。あなたの名前を呼んでもかまいませんか、アウラ?」
彼女は微笑して許してくれた。
小さな男たちは私のトラックとトラクターをもの珍らしげに眺めながら、周囲を歩きまわっていた。彼らは私を全然気にしていない様子なので、私も彼らにたいしては同じ態度をとることにした。いたずらをされても、私にはとても防ぎきれないことは前からわかっていたのだが―。
私は自分と同じくらいの体格の人間なら、数人に対抗出来る自信はあるが、この人たちの場合は別である。彼らには何か不思議なカを発散するものがあるのだ。避けられるとわかっていても抵抗する気が起らぬ奇妙なカである。
だが彼らの様子を見ると、すぐ自分の心配が馬鹿げたものであることに気がついた。何か悪いことをしようなどという気持は、彼らにはまるきりないのだ。そこで私はまた注意を機長のアウラにもどした。
「また乗せてもらっていいですか? 友達から聞いてみてくれと頼まれたことを紙に書いて持って来たのですが」
それだけではなかった。ほかにボールペン、カメラ、鉛筆、それに会社の記録係のくれた紙を数枚用意していた。彼女の回答を即座に書きとり、機会があれば写真を撮影する準備もととのえていたのである。
アウラは笑ってうなずき、私をしたがえて円盤に引返した。彼女は地球の背の低い婦人が急いで歩くときのように走ったりチョコチゴコ歩いたりしなかった。体の動きから察しても全く自然な歩き方である。でも歩調を揃えるには私のはうが少し急がねばならぬほど速く歩いていた。
機長室にゆったりと落着くと、私は質問をし始めた。最初あなたはたしかクラリオンから来たと云われた。私はクラリオンなる遊星は聞いたことがないが、これは地球では他の名前、たとえば火星とか木星とか呼んでいるものと同じ星なのだろうか、という意味の問いである。
彼女は微笑して、そうではない、クラリオンは月のむこう側にあって、地球からは全く見えないのだと説明した。
彼女はまた、宇宙旅行中、地球は月そっくりに見えるとも云った。太陽の光がどの角度で照らしても、いつ、如何なる位置から眺めても、そしてこのまえ話したように拡大して見ても、(望遠鏡のことかな、と私は思った。)地球は地上で想像するようには見えないのだそうだ。
新聞によれば、地球の大天文台では最近科学者たちが驚くべき新発見をしたそうだが、と話すと彼女はうなずいて云った。
「科学者は自分たちが多くの場合どんなに誤っていたかということに気がついたら、もっともっと驚くでしょうよ」
もう少しくわしい説明を聞きたくて、随分頼んでみたが、結局一つの事実しか教えてもらえなかった。つまり、あらゆる遊星の大気は地球のそれと大差なく、如何なる遊星に着陸しても補助呼吸装置の必要はないということである。続いて彼女が述べたことは、現在でも私は本当かしらと考えている。
それは、遊星の中には、水分・雲・塵、その他光を反射するものにより、側面に光を通さぬ幕が出来ることがある。そのために、異なった角度から眺めると、あたかもその遊星自体がその幕のところにあるように見えるが、実際はそうではない。この反射幕は地球の蜃気楼のような作用をするのであって、遊星自体はそこからずっと離れた位置にある。彼らは幾度もこの現象に出会った。或る場合には遊星から比較的近いところで起るが、また或る場合には非常に離れたところでも起る、というのである。
親友のホワイティーを連れて来ることにしていたが彼は来なかったと云うと、彼女は真面目な顔でうなずいて答えた。「多分あとから来るでしょう」
それでは彼女は出発を延ばして彼にも機会を与えてくれるのだなと思うと私は嬉しくて、ホワイティーが間に合うように心に念じた。
折をみて火星のことをたずねると、彼女は次のように話した。
「火星は美しいところです。あなたや私たちと同じような人間が住んでいますよ。地球から見える周囲の暈は大気と塵です。火星は大工業地帯ですわ。各家庭には立派な芝生があって、草花がいっぱいあります。どの家も都市の中心から離れた場所にあって、一戸あたりの広さは5エーカーで大邸宅です。私たちの住むクラリオンはね、地球人もやがては月のむこうにあるこの美しい遊星に来て、他の人や私が管理している有様をまのあたりに見ることができるようになりますわ」
青年たちに頼まれたことを質問すると、彼女は楽しそうに説明を続けた。
「地球でいう重力の問題は、私たちは全く簡単に解決しています。ですから空気の摩擦の問題もありません」
話に夢中になってくると、私はメモはポケッ卜にしまってしまったし、フランス語の手紙のことはきれいに忘れていた。6度目の訪問までこの手紙のことは念頭になかったのである。
しかし、カメラを肩から下げていたので、円盤内部の明るい照明のもとで一枚撮らせていただけないかと頼んでみた。彼女は思案探そうに私を見つめた。不安なひとときが過ぎると、彼女は口を開いた。
「私の考えでは、写真は何の役にも立たないだろうと思います。お友達に見せたいのでしょう?でも考えてごらんなさい。女が一人部屋の中にいる。ただそれだけのことです。そんな写真が何かの証拠になるとお思いになって?」
「でもぜひ一枚欲しいんですが」と私は抗弁した。「たとえ円盤の写真は撮れなくてもね。―もっとも、いちばん欲しいのは円盤の写真ですが」 彼女は首を振って口ごもった。「そうね、またこんど。今夜はだめよ」
私は失望の念をおさえきれなかった。
最後に彼女は立上って云った。「お友達はいらっしゃらないようね。近いうちもう一皮お会いしましょう。私に質問があるのならそのときにね。私たちはこれから月へ行くのよ」
この言葉を考えてみると、月には地球と同様大気があることは間違いないらしい。彼女もこれまでに着陸した場所には必ず空気があったと語ったではないか。
円盤を出ると、まだ男たちが4、5人出入口の近くの地上に立っていた。一人が私に「お仕事の調子はいかがですか」と話しかけた。最初の夜私を円盤に案内したのと同じ人らしい。
私は喜んで彼らとしばらく話すことにした。アウラが話をそらせたり、返答を拒絶した専門的な問題について、誰か教えてくれないかなと思い、後を振返るとちょうどアウラがなかへ入って行ったところだった。そこで私は円盤の縁に背中をもたせかけて、自分の質問をする前に先ず彼に答えた。
「上々ですよ。夜働くのは随分つらいですけどね。でも昼間はがまんできないくらい暑いから、かえって苦しいでしょう。夜勤になってまあ運がいいんでしょうな」 後方で快活な笑い声がしたので振向くと、またアウラが扉口に立っている。
私は呼びかけた。「物好きな男だとお思いでしょうが、どうもこの円盤―おっと失礼、大型機のことが気になるもんで。随分重そうですが……」
「それほどでもないのよ」と彼女は明るく笑って私をさえぎった。「あなたに持ち上げられないほど重くはありませんわ」 私は唖然として彼女を見た。
「そんなことはないでしょう」
「いいえ本当よ。やってごらんなさい」
少しばかばかしい気もしたが、云われたようにやってみた。私をからかうつもりだなと思いながら、上体を前に曲げ、縁に手をかけて、左脇腹でしっかりよりかかったまま少し引き上げると、機体はまるで生あるもののように一フィートはど持ち上ったように思われた。
私は手を離して男たちの一人に云った。「ここまではひとりでに持ち上ったような気がしますが、これ以上は油圧ジャッキでも動きませんよ」
みんなは愉快そうに笑った。アウラも手を振ってなかへひっ込んだ。クラリオン人もやはり冗談が好きらしい。 私はそばの男に声をかけた。
「あなた方が着陸した話をしたら、大変な評判ですよ。あなた方やあなた方の家、それに宇宙旅行のことなどを聞きたがる者もありましてね」
彼はにっこり笑って「また会えますよ」とだけ云って、私の傍をすり抜けてから円盤の中へ入って行った。他の者も素早く後に続いた。私が縁から離れるとすぐ扉がしまり、円盤は出発した。
トラックの方へ引返しながら、私は円盤の縁によりかかったことをふと考えた。この手でもって、じかに円盤に触れたのだ。でも火傷はしなかった。脇腹でもたれかかったのだから、シャツの下部とズボンの上部は金属に接触したことだろう。いつかアウラが、大勢で来ると火傷すると云ったことを思い出して放射能を連想した。後になるとしだいに害が出て来るのではないだろうか。
だがトラックに乗って作業場へ交代に帰ったときには、もうそんなことは忘れてしまっていた。
今夜は円盤も随分ながく地上に留まっていたので、私の心は聞きたいことでいっぱいだったが、こちらの疑問にすべて解答してもらうには、おそらく一生涯かかるだろう。
焼けつくような太陽が昇ってきたころ、自分の部屋へ帰ると私は着換をすませて、泥と汗でよごれた作業服を洗濯袋に投げ込んだ。こうしておけば今日中に洗濯屋へ運んでもらえるのである。しかしこの作業服が帰ってきたときにどんなになっているかを、前もって少しでも知っていたら、私は洗濯に出すのを控えたにちがいない。
牛後になって眼が覚めると、いつものように仕事に出た。交代前に少し腹ごしらえをしておこうというので、ホワイティーは私を彼の小型トラックに乗せて、ネバダ州のグレンデールに連れて行った。
午前三時半頃、私はホワイティーと一緒にコーヒーとパイをやっていた。すると突然、彼は私の横腹を肘でこづいた。
何事が起ったのかと彼を見ると、彼は正面の長いカウンターの方を見ろという身振をするので、その方向を見て私は目玉が飛び出すかと思った。お伴を一人連れてそこに腰かけているのは、まぎれもなくアウラ・レインズ機長ではないか(私は現在でも彼女だと信じている)。傍にいるのは最初の夜私の腕を握って円盤に案内したあの小さな男である。私からくわしく聞いているのでホワイティーにもわかったのだろう。低い声で、例の連中じゃないかと私にささやいた。たしかに彼女である。赤と黒のベレーをかむり、黒いビロードのような上衣とキラキラ輝く赤い平襞のスカートをつけて、いつもと同じ服装をしているからだ。
私も嗄れ声で答えた。「そうです。あの人たちだ」あまり興奮したので、その二人が食事をしているのか、それともオレンジ・ジュースでも飲んでいるだけなのかは気がつかなかった。酒類をとっていなかったことだけは確かである。
「どうする?」とホワイティーがささやく。「もちろん話しかけましょう。いらっしゃい、ご紹介します」
彼は語調を強めて「おめえの命にかかわるようじやあごめんだよ」と云ったが、また声を低くした。「おめえが話すのなら俺は外に出ているよ」
「チェ、紹介してもらいたくないんなら、それはご自由ですがね」彼は皿を押しやった。「俺は出るよ」
「それなら、ドアのそばにいて、あの連中が出て来たら何に乗るか、どちらへ行くか見ていて下さい」「よしきた」
彼は立上って出て行った。私はその婦人の左側に歩み寄った。連れの男は右側に坐っている。「失礼ですが、以前お目にかかったことはございませんでしょうか?」 彼女は固くなって、ほとんど聞きとれぬくらいの声で違うという。
「あなたは私が先日モルモン台地でお会いしたご婦人にとてもよく似ていらっしゃるんですが」また低い声で否定した。
「私がお目にかかったことがないとおっしゃるのは、たしかでしょうか?」
三度彼女はささやくように間違いないという。しつこいようだが私は今度は別の返答を得ようとくいさがった。
「あなたのお体つきや、ご様子、服装などを拝見しますと、先日台地でお会いした人たちのことを思い出すのですが」
私は円盤とか大型機とかいった言葉は使わぬように気をつけた。公衆の面前で正体をあばいて迷惑がかかっては彼女も立腹するだろうと思ったからである。彼女が身分を明らかにされるのをいやがっていることはもうわかっていた。
彼女はやはり違いますと呟くだけであった。男のほうは私の声も聞えないし姿も見えないというような顔をしている。盲でつんぼだといっても通用しそうであった。
お邪魔してすみませんでしたとあやまると、彼女はそれにも低い声でいいえと云った。
自席にもどると私は彼女から眼を離さないようにしながらコーヒーをすすっていた。立上って出ようとすると、女給がやって来て私に耳打ちした。
「あの人たちはあなたが話してらした宇宙人よ。間違いないわ」
「俺もそう思うんだ。でも違うかもしれん。女のほうは黒眼鏡をかけてるし、男は顔に傷跡があるからね」「それはわだしも気がついたわ。でもあれは傷じゃなくてよ。描いてあるだけだわ」
彼女らのほうを見ると、連れの男は婦人につつかれて手を挙げ、女給を呼んで勘定書を持って来させた。二人が入口の方へ歩いて行くと女給は急いで私の席にやって来た。
「あのご婦人からあなたに伝言よ。あなたを存じていますって。それに、お聞きになったことへのお答えはイエース、大変失礼しましたって」
私はべつに驚きもしなかった。二人が正面のドアーの方へ立ち去るのを見て、しめた!と思った。外ではホワイティーが見張っている。彼女が町へ来るために円盤をどこへ着陸させたかもわかるだろうし、ホワイティーに見せてやれば、彼も今度こそ私の話を信じてくれるだろう。
彼女が外へ二、三歩踏出したのを見て、私は勘定を支払った。もう一度振返るともう姿は見えなかった。大急ぎで外に出るとホワイティーが呑気そうに煙草をふかしていた。
私は怒鳴った。「見えなくなった!どこへ行きましたか?」
彼は肩をすくめて処置なしという顔をした。「誰も出て来はせんよ。本当だよ、トゥルー。おめえが出て来るまであのドアーを通ったやつは一人もいなかったぜ」
第6章 物体消滅術へ続く |