言訳として、彼女は孫娘のグェニイと一緒に小さな男の子を1人あずかっているため、もし自分が行くとすれば小供たちも連れて行かねばならないので、涼しい太平洋岸から急にモルモン台地の炎熱の中に飛込むのは、子供たちの体に大変わるいだろう、と云って来た。彼女は勿論私がいなくては淋しいし、一緒に暮したいのほ山々だが、右の事情で行かれないというのだ。
私はがっかりしてしまった。私だってむろん妻が恋しいけれども、それよりも私は彼女に打明け話をして、彼女が私を信じてくれることで自分を安心させたかったのだ。あのような驚くべき話を手紙でもって真実を幾分でも伝えることは、私にとっては無理なことだ。だから私は今後も妻が折れるまで、何遍でも手紙を書き続けることにきめた。妻さえ傍にいてくれれば、万事うまくゆきそうな気がしたからである。
妻は誰からも好かれるし、また誰もが家内を誠実で信頼できる人だと思って尊敬していた。だから妻が私の体験を信じてくれれば、他の連中も右へならえで、信じるようになる、と私は思っていた。再び、今度はもっと熱心にこちらへ来いという手紙を書いて投函した。
それから私は仕事に出かけた。その夜、すなわち1952年8月18日に、円盤がモルモン台地へ3度目の訪問をするという予感は全然しなかった。
今度は今までの着陸地点から4マイルも離れた谷のむこう側だった。円盤の到着時刻以前よりも少し早目であった。午前1時半頃である。
私は谷の北側の、最初に円盤を見た場所より少し東寄りにあるポロウ坑で、キャタピラートラクターのグリースの詰替えをしていた。その夜初めてまた来るなと感じたのは、空を見上げて例の流星のような光が天頂から北東に走るのを見たときだった。最初の円盤訪問以来、私は空を気にするようになっていた。そのことは説明の必要もないだろう。
きらめく光は二度目のときと同じ変化を見せた。緑青から黄緑に、そして更に赤黄色という順である。あっという間もなく、大型機は着陸姿勢をとった。そして地面に激突する寸前に停止した。モルモン台地にちらほら生えている僅かな茂みの上部に触れるか触れないかの位置である。
今度の着陸は、私がトラックをとめている場所からあまり離れていない、200ヤードくらいの地点であった。私が有頂天になっていたことは充分おわかりだろう。あまり近いので、今まで以上に彼らの計画や目的について考えさせられた。
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▲当時の新聞に掲載されたトルーマンと彼の妻。 |
私はぼんやりと考えた。何マイルも離れた高空から彼らが或る地点を選び出し、あんなにやさしく正確に着陸できるのは、一体どういう方法によるのだろう? レーダーだろうか。それとも色彩レーダーかな。多分そうかもしれない。私のトラックは濃緑色だが、あんな遠方から色彩レーダーのスクリーンに写るものかしらん。台地は全体にわたって褐色だが、これはトラックの濃緑を目立たせる恰好の背景なのかな。私にはどうもよくわからなかった。そこで当座の間は考えないことにした。
着陸して数秒もたたないのに、見馴れた小さな人影が数人なかから現われた。"どうぞいらっしゃい。機長と三度目のお話をしなさい"という合図である。以前のような興奮もしないで私はのんびりと円盤に向って進んで行った。
あの小さな婦人はまた出入口に立って私を手招きした。私は喜んで上って行った。怖れ気もなく、と付け加えたほうがよいだろう。この人たちは誰にも危害を加えることはないという確信が私にあったからだ。
私は今までに話し合ったことを心覚えに書き留めておいたが、そのときもポケットから、かねがね機長にたずねたいと思っていた疑問の書いてあるカードをひっばり出した。第一には彼女の名前だった。内部に入って、彼女は机の傍に、私は向い合って長椅子に腰をおろすとすぐ自己紹介した。しかし、あまり遅過ぎた自己紹介に自分でも笑い出してしまった。
彼女も自分の名を教えてくれた。アウラ・レインズというのだった。私は彼女に書きとめてもらい、声に出して綴りを云ってもらった。乗員の名前も聞いてみた。
「勿論みんな名前がありますわ」と彼女は答えたり「でも或る理由でそれは申しあげられません」
少しキザな云い方だったかもしれないが、私はつい口に出してしまった。
「その理由というのは、あなたにははっきりしているのでしょうが、私には少しもわかりませんね」
彼女は如才なく笑って、そのままにしてしまった。
もう2人はかなり会っているのだから、相当親しい間柄のつもりで私は彼女に次のように話した。こんな素晴しい航空機の機長が女性であることに私がどれほど深い感銘を受けたことか、地球の男たちが、彼女を見たら、美しさでもスタイルのよさでも世界一と思うだろう、また彼女と会ったり話したりしても、まるで夢のようで、とても現実とは思えない、といったような話である。
それから、この砂漠は夜も死ぬほど暑いとか、植物が少ないこと、水がほとんどないことなどを語っていたとき、彼女は私をハッとさせるようなことを云った。
「私は今後も数千年の間ここへやって来るつもりですけど、地球の荒野に生じる水の大部分は涙でしょう」
この言葉は疑いもなく不老長生を意味している。また、将来何度も地球、それも主に砂漠地帯を訪問するつもりだと云うことでもある。
私は云った。「この砂漠のまんなかで、普通の言葉で表わすよりもずっと深い意味で"この世のものならぬ"美しいご婦人と向い合って坐っているなんて、とても信じられないような気がするのですが―」
私が彼女の肢体をじろじろ見ているのに気がついて私の気持を察したのだろう。彼女は自分が肉体を持つ現実の存在であることを私に納得させようと思ったらしい。私に、彼女の腕や肩に手を触れて、幻でも何でもない本物の女であることを確信していただきたいと云った。そこで私は歩み寄って両手を軽く彼女の肩にのせた。
そのとき彼女が云った。「控え目にね。でないと本当の感じがわかりませんよ」
両手をアウラ・レインズ機長の肩においてみると、私の前にいるのはたしかに現実の女性だということが充分納得できて、幾分興奮しながら自席にもどった。
私は、現在の妻や最初の妻、それにもう嫁にいって、いつ私をおじいさんにしてしまうかもしれない2人の美しい娘の話をした。
彼女は笑って、自分は祖母であり、家には孫が2人いると語ってくれた。
乗組員の誰かが彼女の夫ではないのかと聞いてみたかったが、ちょっとありそうにもないような気がしたのでやめることにした。いずれにしても彼女が話してよいと思うことなら、すすんで教えてくれるだろう。
何といっても私が第一に知りたいのは、この大型機すなわち円盤のことであった。そこで間もなく再び大型機について質問し始めた。まず燃料である。
彼女は肩をすくめただけで答えなかったが、大きなとび色の日は、私ががっかりしたのを見て、面白そうに輝いていた。
それから、いささか愚かしい質問ではあったが、あなた方が地球に来るとき、地球に向って上昇するのか下降するのかとたずねてみると、彼女はちょっと眉を上げたが、「勿論上昇しますわ」と答えた。
続いて円盤の速度とか航続距離などを知りたいと思った。
「流星をごらんになったことがあるでしょうね」と彼女は云った。「そうね、私たちはどんな流星でも追い越せますよ。それに、いつ、どこにでも停止出来ますわ。距離については地球人の時間・空間理論の用語で説明しても、ちょっとおわかりにならないでしょう」
着陸するのは、何か特別な地形とか、目的のある場合に限るのですかと聞くと、彼女は答えて「私たちはいろいろな遊星のいろいろな場所に着陸します。地球でも随分あちこちに降りましたわ。着陸の理由はただひとつ、それは自分の研究のためと、少しは体を楽にしたり、空気タンクを補充したりするためです。飛行中は外界からの影響を防ぐために機体は密封されていますから」と云った。
酷熱や極寒についてもたずねてみた。
彼女は云う。「どちらも完全に絶縁してありますわ」
円盤が地球に向って矢のように進んで来るときに、火のような光が見えることを話すと、彼女は首を振った。
「いいえ、べつに飛行中に火を発するわけではありません。火のような航跡は酸素その他のガスや塵、水分などです。速度が変るにつれて色も変化するようですね。燐光を放つのは、いつでも機体の後縁部に限りますし、これは内部の温度に影響することはありません。そういった現象は完全に制御できます」
話題は再び地球にもどって、彼女は我々の絶間ない闘争にふれたが、次のように述べて私を驚かせた。
「他の遊星では皆住民の幸福を増進させるのに忙しく働いていますから、ほんのちょっとした争いでもやっている暇はありません」
"他の遊星"とほどういう意味ですかと聞いてみると、彼女は「人類の住んでいる遊星は沢山ありますし、そこの大気も地球と同じようなものです」と答えた。
それでは地球の科学者はなぜ地球以外に生命は存在しないと云うのだろう。
「どの遊星でも進化の或る時期にはそんなことを云うのですわ。私たちでもよほど地球に接近してからでないと、地球上に生命の存在することを示すものは見えません。私も地球や他の遊星をいろいろの倍率で拡大して観察したことがありますが、それで見えるものは、ただ光のあたる明るい部分と陰だけでした」
あまり沢山質問をしたので、そろそろ彼女も退屈になりはしないだろうかと思って、話を乗員たちのことにひきもどし、みな優秀な人たちでしょうね、というと、彼女は「勿論ですわ。それにみな忠実です。責任は軽いのですけど誰もがすすんで引受けます。"もし"とか"ならば"とか"かもしれない"ということは絶対にありません。仕事にたいする報酬の問題も起りません。みなそれぞれの分野では最高の人たちです」と云った。
私は、ウェルズ・カーゴの社員たちもみなそんな人ばかりだから、ひとつ友人たちにも親しく大型機や乗っている人たちを見せていただけると嬉しいのだがと述べた。
彼女はやさしく首を振って「大勢でいらっしゃると何人かはひどい火傷をなさるかもしれませんよ」と云った。
私は首をひねりながら彼女を見つめた。ひょっとしたら円盤に放射能があるという意味かな。彼らは私の周囲に保護層でもつくってくれているのか、それとも何か魔法で放射能には免疫にされたのだろきか?聞きたかったが、彼女が円盤の機能には触れたがらないので、私も黙っていた。彼女の教えてくれたことが私を通じて一般に洩れるようになれば、発明家や科学者はその知識を利用して、自分たちの円盤を製造するだろう。地球人は好戦的だから他の遊星を攻撃に行くにちがいない。彼女はそんなふうに思っているのかもしれぬ。彼女だって自分の祖国を守りたいだろう。
もうひとつ聞きたいのは、遥かな星々へ旅行する間の、彼らの食料や飲料などであった。どちらも私はまだ見たことがない。そこでたずねてみた。
彼女は笑って「私たちだってむろん飲んだり食べたりしますわ」と云っただけで多くを語らなかった。私が大型機の細部、つまり貯蔵庫、居住区、その他についてサグリを入れているなと悟ったからだろう。
そのあとで彼女は少し説教をした。
「私たちは生活の計画をたてて将来の行動をあらかじめ定めます。如何に計画するかは各自が心得ています。地球に存在するようないろいろな問題は私たちの世界には起りません。何が正しいかはわかっていますし、誰もが正しいことをしたいと思っていますから。これはあなた方の地球でもあてはまるでしょう。神は惜しみなく祝福を与え給うのですから、欠乏などはあり得ないのです。地球の人類でもその気になれば、たえ間ない争いをやめて一致団結できるのですわ。そうなれば地球も住むにあたいする所だということがわかるでしょう。砂漠や草原を天国のような楽園に変えることも可能です。戦争で失われた物資や努力、人命などがあれば、わざわざ大気で汚染された河川や遠く敵れた海から水を引かなくても、砂漠にきれいな水を豊富に運べます。しようと思えばできることですよ。この世に天国を築いてごらんなさい。あなた方はそこで家庭を持ち、子供たちを育てられます。子供たちは血にまみれた死や、傷つけられた若々しい肉体などの恐怖におびえることもなく、平和に成長することでしょう。でも私の予測では、当分の間この地球の荒野に生じる水分の大部分は涙でしょうね」
彼女はもうお帰りなさいとでもいうように立上っていった。「また会いたいとお思いになったら、そのときは思念を送って下さいね。すぐ参ります。みな出発準備を終りましたわ。ではさようなら。それから……私たちを忘れないでいて下さいね」
大変愉快で有益でしたと私は礼を述べて、彼女のあとから通路を出た。足が地面にふれる背後でドアーは音もなく閉じた。離陸するところを見ようと振返った私は、その速さと音がしないのに驚いた。空気を切るかすか音さえも聞こえない。
トラックに乗って仕事場に帰ったとき、東の空がほのかに明るくなってきた。ホワイティーに、また円盤を見たと話すと、彼も幾分興味を覚えた様子だった。それで宇宙人から聞いた話を少し彼にも聞かせてやり、それから食事をして寝台に入った。今度こそホワイティーも納得したようだった。だが彼を連れ出して実際に円盤を見せ、乗員に会わせてやりたい!そうすれば彼にもはっきりわかることだが……。
私は考えた。また宇宙人に会えるのだったら、そのときは彼らから何か証拠になるもの手に入れたい。他の遊星から来た乗員の乗込んだ宇宙船が、真夜中に何度もモルモン台地を訪れたという事実にたいして何らかの証拠があれば、友人たちも―それに私の悪口をいう人たちも―理解するにちがいない。私は多くの友人たちにこの考えを打明た。だが不思議なことに、私と一緒に砂漠で一夜を過して自分の目で実際に確かめてみようという者はほとんどいなかったのである。
2人の油差し、ディー・ショーとリチャード・W・ハチンスに、彼らの勤務時間が過ぎたら一緒に砂漠に行かないかと話をもちかけてみた。そのために費す時間にたいしては、私が金を払おうとまで云ったのだが、彼らはお互にうなずき合い、肩をすくめただけで、これを拒絶した。
そこで私は一計を案じて、質問があれば紙に書いて署名してくれと、数人の友達に頼んだ。もう一度宇宙人に会う機会があれば、それをアウラ・レインズ機長に見せて返事を書いてもらおうというわけだ。そうすれば私の物語の何かの証明にはなるだろう。
数人が面白がって承知した。ほとんどの者は火星のことを聞きたがったが、ネバダ州オーヴァートンのハイスクールの学生2人は、機長の故国、彼女自身、家族、教育、それに円盤の原動力などに関する詳細な質問表を私に手渡した。1人の少女からはフランス語で書いた手紙をあずかった。フランス語が読めるかと聞くので駄目だと答えると、彼女は笑いながら云った。
「そう、じゃあフランス語で返事がもちえたら、少なくともあなたが書いたのでないことだけは信じるわ」
第5章 火星を語るへ続く |