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 月は異星人の宇宙基地 第1話

7つの謎と奇跡より転載 久保田 八郎
 

「おや?なんだろう」 3インチ屈折望遠鏡のアイピース(接眼鏡)に目をくっつけていた男は、ちょっとまばたきをして、また目を皿のようにしてのぞき込んだ。


月面の謎の「オニール橋」

「おかしいなあ。こんな物が存在するはずはないんだが―。おれの目はどうかしてるんじゃないか」

男は再度アイピースから目を離して、肉眼で宇宙の彼方を見た。暗黒のなかに月が明るく輝いている。

▲月面の謎!1930年に英国の天文学者パーシバル・ウィルソンによって撮影されたもの。約100kmのクレーター内部にパイプ状の線が縦横に走っている。人工のトンネルか?自然現象か?

また、まばたきをした彼はふたたびアイピースに目をつけた。

「わーっ、やっぱー見えるぞー。どえらい物が出現したんだー」

興奮して叫ぶ男の声がアパートの屋上にこだました。ニューヨークの摩天楼が黒いシルエットとなって浮かび上がっている。 時は1953年7月29日の夜10時すぎ。望遠鏡にかじりついて狂気のように月面を見つめている男は、『ニューヨーク・ヘラルド・トリビユーン』紙の科学部長ジョン・J・オニールである。

いったい何を見たというのか?

この夜彼は愛用の望遠鏡を屋上に持ち出して月面の観測を始めた。38万キロ彼方の空間に浮かぶこの優美な夜の女神は、白昼の太陽神と並んで、古来人類の崇拝とロマンの的であった。太古より無数の人々がこの愛すべき天体に悲喜こもごも想いを寄せて、ある者は限りない憧憬(あこがれ)を抱き、ある者は涙を流した。

しかし1609年にイタリア・ルネサンス末期の物理学者ガリレオ・ガリレイが、オランダで発明された望遠鏡を改良し、倍率を高めて月の表面をのぞいたときから様相は一変した。美しかるベき月の顔は、実際はアバタだらけであったことが判明して近代天文学の黎明(れいめい)を迎えることになったのである。以来、月は宇宙探索の好目標となり、プロ、アマを問わず望遠鏡の筒先を向け続けた。そして日光で形成される山腹やクレーターの黒い影と光輝部とがかもし出す美しく複雑なコントラストは、天文愛好家たちにとって別な意味での憧憬(あこがれ)の対象となった。人跡未踏の地に対する大いなる好奇心のはけ口を月が提供したのである。

いったいに望遠鏡ほど不思議なものはない。居ながらにして宇宙空間の遠方の光景を引き寄せては目撃させてくれるこの魔法の機械をのぞくときの醍醐味は、風呂屋の壁に穴をあけて隣の湯をひそかにのぞき見する悪趣味きとは比較にならず、ひとたび望遠鏡の魔力に魅せられたが最後、やめられなくなるのである。

オニールもその一人であった。新聞記者という激務のかたわら、天休観測を続けては科学精神の高揚をはかっていたのである。

この夜彼が標的にしたのは月面の東側のふちに近い、少し北寄りの部分に位置する「危機の海」である。海といっても水をたたえた海洋ではなく、ガリレオが最初に月面を望遠鏡でのぞいたとき、各種の黒い平坦部がそのように見えて海と呼んだことから、以来「何々の海」と称せられるようになったのだ。

最初はハイゲンミュッテンツェークレーター25ミリのアイピースで低倍率にしたが、次に6ミリに切り換えて倍率を200倍にした。対物レンズの焦点距離が1200ミリだから、これをアイピースの合成焦点6ミリで割ればそうなるのだ。

荒涼たる月面が大きく展開し、見なれているとはいえ、神秘の世界が美しく迫ってくる。

このとき異様な物が目についた。高い山と山とのあいだに長さ2キロもあろうと思われる細長く黒い物体が、ちょうど橋のように横たわっているのだ!

こんな物はかつて見たことがないし、天文学上で発表されたこともない。

▲月の裏側の人工物?(アポロ撮影)

興奮さめやらぬオニールはただちにこの件を「惑星・月観測家協会」へ報告した。巨大な自然の橋が観測されたと書いたのである。当然のことながら彼は天文学者達から猛烈な非難を受けた。当然のことながら彼は、天文学者連から猛烈な非難を受けた、バカも休み休み言え、目がどうかしていたのだろう、などと罵詈雑言をあびせられた上、彼の職場の地位さえ危うくなってきた。だがその天文学者達もまもなく沈黙した。英国の世界一流の天文学者、H・P・ウィルキンズも、その"橋"を観測したと公表したからである!「これは月面上における最も驚くべき、神秘的な、人工建造物を思わせる現象のひとつである」とその名著『我らの月』のなかで述べている。

観測した人はまだいた。英国天文学協会のトップクラスの科学者、パトリック・ムーアも「危機の海」に横たわる不気味な黒い物体を認めたと報告したし、他の学者のなかにはその物体の下に流れる日光を見たと言う人もいた。観測者たちはこの異様な物体を自然現象だとみなしたが、ウイルキンズは人工的な構造物ではないかと考えていた。英国は保守的な国と思われているが、なかなかどうして進歩的な学者も少なくない。18世紀後半に天王星を発見した英国の大天文学者、ウイリアム・ハーシェルは、他の惑星群はもちろん、太陽にすら人間が住んでいるのではないかと想像していた。戦後脚光をあびたUFO問題にしても、英国のUFO研究界や出版界が目覚ましい活動を行ったことは周知の事実である。

さて、「危機の海」の黒い物体はどうなったか。謎は倍加した。なんと、この構造物はオニールが発見してから数日後に忽然(こつぜん)と姿を消したのであるー!「オニール橋」と名付けられたこの不可思議な現象は、いまもって天文学界やミステリー研究家のあいだで語り草となっている。

自然現象であのような巨大な構造物が出現して、また消滅するものだろうか。これは到底考えられないことだ。とすると正体は何か?

ここにひとつの憶測がある。あの物体は別な惑星から来た宇宙大母船ではないだろうか!?

地球人には未知の反重力推進法を応用した一大宇宙都市ともいうべき建造物が、たまたま故障を起こして「危機の海」の山と山とのあいだに着陸したか、または地球の大天文学者が精密な観測装置により期せずして「危機の海」を見つめていることを"知った"異星人が、デモンストレーションとして故意に出現したのか。そしてアマチュア観測家のオニールがアマチュアなるがゆえに臆することなく報告したということになるのだろうか―。

第2話へ続く

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