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  ルールドの奇跡 久保田 八郎
 

第3章1部 奇跡と警察の弾圧

25日は人の集まりがさらにエスカレートして、朝の3時ごろから洞窟に群集がよってきた。そしてベルナデットが着いたときには400人近い人がひしめていた。

泉がわき出る

ベルナデットは祈りの姿勢にはいったが、しばらくしてロウソクとカビュレ(頭巾)をそばの人にわたし、ひざまずいたまま洞窟の奥の方へ移動した。 美女がいつも出現するほら穴と洞窟内でエントツ状に通じているところまで来て、上を見上げながら何事かを話していたが、次にガーブ川の方へ出て来た。そしてほら穴を見上げてうなずいたあと、立ち上がって洞窟の中へ入って行く。美女から何かの指令を受けながら動いているらしい。ふたたび川の方へ出て来てから、また洞窟へ近づいて、何かを探すような身ぶりを示しているうちに、一ヶ所の地面を右手で堀だした。すると泥水がわき出てきたので、それを手で何度もすくい上げて、4回目に飲んだ。次に洞窟の中へ入って、奥に生えていた草の葉をむしり取って食べたのである。

▲ルールドの聖泉から”奇跡の水”をビンにつめる人々。

泥水で顔を洗ったために泥まみれの顔をしたベルナデットが洞窟から出て来る。「うへー!」群集は落胆して、ため息をもらした。世にも崇高な美しい娘の顔を見ようとして暗いうちから来たのに、なんということだ!やはりきちがい娘ではないか―。

ベルナデットの行動はすぺて美女の指令に従って行われた。泉の水がわき出るはずだから、それを飲んで顔を洗えといわれ、さらに罪人のために草を食えと命令されたのである。

多くの見物人は失望して帰って行ったが、好奇心にかられた少数の人が午後洞窟へ行ってアッと驚いた。ベルナデットが手で掘った穴から清水がこんこんとわき出ているのだ!

この水は夕方には水量が増えて、ついにガーブ川にそそぐようになった。これこそ後に"ルールドの聖泉"と呼ばれて無数の奇跡を生むこととなる泉である。現在も世界中から難病患者が訪れて、この水を飲んだり浴びたりして、多くの奇跡的治癒が発生している。

またも地面にひれ伏す

2月26日、金曜日。洞窟には400人もの群集が待っている。一説によれば600人はいたという。いずれにせよたいへんな人数だ。

この日もベルナデットはひれ伏して地面に接吻し、人びとも同じ姿勢をとるように頼んだ。このとき美女が出現してベルナデットにそうせよと命令したという説もあるし、美女はまったく出現しなかったという説もあるので、はっきりしないが、人びとの関心は高まる一方であった。

ちなみにベルナデットの伝説としてもっとも権威があるとされるルネ・ローランタンのぼう大な2部作の著書によると、この日は出現しなかったとされている。

27日には美女が出現した。そして群集はさらに増えた。28日の日曜日には厳寒にもかかわらず見物人はついに1OOO人を突破した。この日、ベルナデットはやはり地面にひれ伏してつぐないの祈りを行った。

明けて3月1日の月曜日。夜中から洞窟前に集まった人は15OO人にも達した。このときはじめて神父も参加した。このデジラ神父は、聖職者の特権により、ベルナデットのすぐそばに立ってようすを見ていたが、彼女の顔に浮かぶ美しい微笑や聖人に近い高貴な表情に深く感動し、まるで天女に会ったような気がしたと書いている。

第1の奇跡が発生

この3月1日、ついに驚くぺき奇跡が発生した。ルールドから7キロ離れたルーバジャックというところに住むカトリーヌ・ラタピ・シュアという39歳の婦人がいる。

彼女は2年前に、ドングリの実をとろうとして木から落ち、右腕を痛めたのである。右手の指がマヒしており、仕事が思うようにできないため、生活にも因っていた。

たまたまルールドで起きたまばろしの出現のうわさを耳にした彼女は、妊娠9ヶ月の体でありながら2人の子どもの手を引いて夜半に家を出発し、朝がた洞窟に到着した。だが、人が多くてベルナデットの姿はよく見えない。しかし失望することなく 、彼女は群集がひき上げた後にもそこにとどまって、すでに水量が増えている例の泉の中に手をつけた。すると突然、曲がっている右手の指がやわらかくなって元通りになった。瞬時にして治ってしまったのである!「オー 、神様!」彼女は息をつまらせながらこう叫んでいた。

▲ルールドの大聖堂。右下に見えるマッサビエユの洞窟には”奇跡の聖泉”が湧き出ている。手前にみえるのはガーブ川。

このニュースはルールドの奇跡第1号として、たちまち近隣一帯に流れた。現在もルールドの医務局に残る奇跡発生名簿には、1853年3月1日付で、この婦人の氏名が第1号として記載されており、「18ヶ月間、上腕神経の外傷によるマヒが続いた」と病名も記されている。

3月2日には2000名近くの人が集まった。もちろん「洞窟前に集合」と命令をくだす人がいるわけではない。町民や近隣の部落の人たちが互いに誘い合ってやって来るのだ。

この日出現した美女は「ここで行列をして、聖堂を建てるように神父さまに伝えなさい」と言った。

ベルナデットはこのことを伝えるために司祭館へ行った。そしてぺラマール神父に会って、長い問答を続けた。しかし神父は小娘の体験を信じていない。ときどき怒ったりなだめたりするが、一向にラチがあかない。ベルナデットはきちんと筋の通った話をする。

ぺラマール神父はめんどうくさくなってきた。とにかく洞窟に出現するという美女の名前がわからぬことには話にならんと言って、ベルナデットを追い返してしまった。

そして奇跡第2号が起きた

3月3日。15日間の日参も大詰に近づいてきた。けさは洞窟前に3OOO名の群集が押しよせた。しかしこのとき美女は出現しなかった。

午後ベルナデットがふたたび洞窟へ行くと、こんどは美女が現れて、やはり聖堂を建立するようにと言った。そこでベルナデットはまたもぺラマール神父のところへ行き、そのことを告げた。だが神父は、相変わらず「名前を聞いておいで」というだけで、相手にしない。一方、泉では奇跡第2号が発生した。

ルールドに住む54歳の石工でルイ・プリエットという男は、20年前に仕事場で火薬の爆発事にあい右目を痛めていたが、この2年間はついに失明して片目になってしまい、仕事がうまくゆかなくて因っていた。

そこでマッサビエユ洞窟の泉の話を開いた彼は、娘に命じて泉の水を汲んでこさせ、祈りのことばをとなえながら、その水で右目を洗った瞬間、強烈なショックを感じて目が見えるようになったのである。

黒内章(くろそこひ)という重症がほぼ瞬時にして全治した事実はドズー医師も確認した。このできごとも奇跡第2号として、ルールド医務局の奇跡発生名簿に載っている。ただし3月としてあるだけで、明確な日付はない。

日参最後の日

3月4日、いよいよ15日間日参の最後の日がきた。前夜からつめかけた人で洞窟の前はもちろん、周辺の草地や道路などはぎっしりと見物の人びとで埋まっている。推定8000人といわれる大群集は、祈りをささげながら待機している。宗教的現象を目撃するために来たカトリック信者が大多数をしめているので騒がしくはないし、屋台店なども出ない。一説によれば2万人の人出だったという。最後の日なので一大奇跡が発生するのを期待して来たのだ。

しかし、まだベルナデットの行動に疑惑をもっているジャコメ署長は、警官を動員して群集の整理にあたるとともに、ベルナデットをあやつる怪しい者を逮捕しようと目を光らせていた。

7時すぎにべルナデットはいとこのジャンヌ・ぺデールと共に洞窟前に来た。大群集なのにまったくおじけづくことなくベルナデットは洞窟の入口のところへ進み出た。人びとも協力して道をあけるようにしたのだ。

いつものようにひざまずいて祈りのことばをしばらくとなえたあと、立ち上がって洞窟の中へ入り、エントツ状のところで立ったまま上を向いて何事かを話す。眼前に出現した美女に向かってほほえんだり、うなずいたり、うれしそうな顔をしたり、悲しそうな表情を浮かべたり、さまざまに変化するが、対話はえんえんと続く。

結局7時15分から8時まで美女が出現していたらしい。そのあとベルナデットはケロリとした顔つきで家路についた。

一大奇跡を待望した群集はあっけにとられて少々失望したけれども、みなおとなしく帰って行く。

牢屋の自宅へ帰ったベルナデットをひと目見て、できれば握手したいと願う人びとが、家の前で行列を組んでベルナデットの名を呼ぶので、スビルー家の者たちはうるさく思い、ベルナデットもいらいらして、「私は神様ではない」と言うのだが、群集は解散しない。

というのは、そのころまでに、ベルナデットが病人にふれると即座に病気が治るというふしぎな現象がたびたび発生していたからだ。

第3章2部へ続く

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