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| ルールドの奇跡 久保田 八郎 | |
| 第2章3部 警察署長の尋問 |
| このころから警察がベルナデットに目をつけはじめた。背後で無知な少女をあやつって謀略をたくらむ者があるとみた町の警察署長のジャコメ氏は、21日のコンタクトが終わったあと、学校から出てきたベルナデットをつかまえて連行したのである。 |
署長は尋問を始めた。 「おまえは洞窟で聖母マリアを見たと言っているそうだな」 署長は巧みな誘導尋問でねほりはほり聞き出そうとするが、目の前に座っている小娘は微動だにせず、ありのままを淡々と話す。 「もうあの洞窟へは行くな」 署長は因ってしまった。どうにかして矛盾を見つけて、ベルナデットが作り話をしているという証拠をつかもうと考えていたが、何を聞いても怪しい点がまったく見い出せない。無学な少女なのにひどく落ち着いて、言うことに矛盾がないのだ。 この子は正直で、真実を語っているのだと署長は内心思いはじめたが、こんな小娘に負けては警察の名にかかわると考えて、威圧的な態度に出た。 しかし、ベルナデットは冷静そのもので、最後は署長を怒らせてしまったけれども、この長時間にわたる誘導尋問を見事に突破したのである。この日、署長よりも前にベルナデットはジュトゥール検事の取調べも受けていた。しかしここでも検事はまったく疑わしい点が見い出せなかった。 『身なりのみすぼらしい貧しい娘だが、心は清純で、確信をもって語り、非難すべき余地はなかった』と検事は調書に書き残している。 ジャコメ署長、まいる 一本とられたかたちのジャコメ署長はまだ引きさがらなかった。首尾一貫して筋の通った回答を続ける少女の背後に、だれか悪事をくわだてる者があると考えた署長は、どうしても洞窟へ行くと主張する娘を前にして、どうしたものかと考こんでしまった。 そのとき、窓の外に騒がしい声が響いてきた。大勢の町民がおしかけてきたらしい。戸を開けた署長の前には、娘の父親のフランソワ・スビルーを先頭にした集団が、未成年の娘を取り調べるには親が立ち会うべきだと口ぐちに叫んでいる。気の弱いフランソワは群衆におされてきたのだ。 おじけづいた署長はフランソワを中へ入れて、やんわりと説教し、娘に洞窟へ行くことを禁じさせたので、娘の問題で因っていた父親も承諾して署長の命令に従うことにした。
しかし一方では町の名士でベルナデットを支持する人も出てきた。ルールドのドズー医師である。この医師はもともと無神論者で、神秘的な事件には無関心な性格だった。しかし21日の第6回目の洞窟におけるコンタクトのときには個人的に興味を抱いてベルナデットにつきそい、娘が不可視の美女と対面しているあいだ、そばから手をとって脈や呼吸を調べたが、何の異常も発見できなかった。 対面が終わってからベルナデットにいろいろ質問したところ、その回答は理路整然としており、しかもかなり次元の高い内容であることに感動したのである。 このためドズー医師は後にベルナデットを支持するようになり、彼女の体験を一種の奇跡とみなして、熱心なカトリック信者になった。ドズー医師ばかりではない。ほかにも、はじめは疑いながら、後には熱烈な支持者になった人が少なからずいる。税務署の役人であるジャン・バプティスト・エストラード氏もそうだ。 美女は出現しなかった 翌22日の月曜日には朝から洞窟へ行けという強い衝動がわき起こってくる。しかし、ベルナデットが行きたいと言っても、両親は警察の件でこりたために、厳重にひきとめた。彼女はしかたなく学校へ行く。すると子どもたちがはやしたててからかう。ベルナデットにとっては、他人からバカにされるよりも、あの女性の願いに従って15日間洞窟へ日参するか、それとも両親の命令に従うかの選択で苦しんでいた。 昼食で帰宅してから学校へ向かったけれども、門の前で彼女はまたも激しい衝動を感じて、別の方向へ走り出した。目標は洞窟だ! それっとばかりに人びとがついて来る。ベルナデットの動向を注視していたのだ。洞窟前にはダングラー刑事が待機していた。署長の命令に違反しないかを見張るためである。だがきようはベルナデットの祈りが終わっても、何も出現しなかった。 人びとは騒いだ。バカバカしいと言う人もあれば、いや、警察が監視しているから出現しないのだと反論する人もある。どちらかといえばベルナデットに対する支持者が多いのだが、信じない人も少なくなかった。 しかし、町長のラカデ氏は寛大な結論を出して、ベルナデットの問題に介入しないことにした。本心は町民の支持勢力を恐れたのである。 税務署のエストラード氏も感動 24日の火曜日には、早朝から起きたベルナデットが暗い野道を歩いていた。他人の目をのがれて1人だけで洞窟へ行こうとしたのだ。
だが6時ごろ目的地へ着いてみると、なんとすでに200人近い群集が待機している。しかもこの日は、町のインテリも数名まじっていた。ドズー医師、デュフォー弁護士、税務署のジャン・バプティスト・エストラード氏などである。 エストラード氏は、ここへ来るまでに、ベルナデットがまぼろしの美女と対面しているといううわさにひじょうな疑問をもった。最初は興味がなかったのだけれども、妹に誘われてしかたなく腰を上げたという状態だった。 ベルナデットはいつものとおり、洞窟の前にひざまずいて祈りを始めた。「あ、きようはあれがいらっしやる!」 娘の顔は喜びに満ちたた。この美女はいまだに自分の名前を言わなかった。そのため、ベルナデットは、美女のことをルールドの方言で「アケロー(あれ)」と呼んでいたのだ。 ベルナデットの横顔は崇高な美しい表情に変化していく。微笑を浮かべて何事かをつぶやいたりうなずいたりしながら、洞窟の上のほら穴を見つめている。何かが出現していることはたしかだ。 近くでこの光景を見たエストラード氏はすっかり感動してしまった。彼自身も涙を浮かべて、あどけない少女の顔を見つめている。 こうして完全な支持者となったエストラード氏は、後年『ルールドの出現』と題するりっぱな書物を書き、その中でベルナデットを絶賛し、「たしかにこの娘には超自然的なものが現れていた」と述べている。 心霊現象ではない 24日の水曜日には洞窟の前に300人ほどの人が集まった。浅い川の中に足をつけて立っている人も大勢いる。 ベルナデットが現地へ到着したのは早朝6時ごろで、この人ごみをかきわけて洞窟の前まで行くのにひと苦労した。ただし1人で来たのではな-く、母親の末の妹であるルシル叔母がロウソクを持って同行したのである。叔母といってもベルナデットより4歳年長の18歳という若い娘だ。このころはベルナデットの日参に必ず親せきのだれかがつきそっていた。 この日は8回目の美女の出現があった。ベルナデットは祈りの姿勢のままひざまずいていたが、やがて地面に顔をつけた。 このときそばにいたルシル叔母がびっくりして大声をあげたので、逆にべルナデットが驚いて、叔母をたしなめた。 この状況からみると、ベルナデットの体験は、いわゆる霊媒がトランス状態(失神状態)になるような性質のものではなく 、ふつうの人と同じ意識をもつ覚醒状態であることがわかるのだ。したがって美女のまぼろしを見るといっても、たんなる心霊現象とはまったく異なるようだ。 ベルナデットが地面にひれ伏したのは、「罪人のために、つぐないの心をもって地面に接吻せよ」と美女から言われたのだという。
イエスの奇跡
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