正午 ― 、突然ルシアが叫んだ。
「光 ― あそこに貴婦人さまが!」
そして群集の目に、まずひとつの奇跡が映じた。煙のような小さなひとむらの白い雲が、3人の子供の周囲に湧き出て、次に空中5〜6メートルの高さに上昇したのである。これは大勢の人に目撃されて、あちこちから驚異の声があがった。
一方、ルシアたちの眼前に出現した聖母の幻は、3人に向かって語りかけた。
「私が来たのは、信者が生活を改めて、恥ずかしい罪をおかして主の御心を悲しませないこと、ロザリオの祈りを唱え、罪を悔悟し、償いを果たさねばならぬことを教えるためです。人々が心を改めれば、戦争はやがて終わるでしょう。そして、私は人々の祈りを聞きいれてあげましょう」
幻は子供たちに別れを告げて、太陽を指さすような身振りをしてから、空中高く太陽の方へ上昇して行った。
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▲1951年11月にバチカンの新聞に掲載された、1917年に撮影された写真。赤く囲ってある部分が銀白色の円盤状の物体。太陽ではない。 |
「太陽をごらんなさい!」ルシアが大声で叫ぶ。群集はいっせいに上空を仰いだ。
「やーっ、出たぞ!」「聖母の空艇だ!」
なんということだ! それまでの土砂降りの雨が急にやみ、黒雲が割れて青空が展開したかと思うと、見なれぬ"太陽"が出現したのだ! 銀白色の円盤状の物体が天頂に現れてから、急速に車輪のように自転を始め、その周囲に無数の色光を放っている。
7万人の大群集から大喚声が湧き起こった。
「あーっ、動いているぞ!」「こっちの方向だ!」
輝く大円盤は回転を停止して、少し水平に移動したあと、またもとの位置にもどって、ふたたび自転を始め、すさまじい色光を放射する。これが3回くり返されてから、今度はジグザグで下降を始めて、群集の頭上に落下するかのように見えた。
群集の驚異と畏怖の念は頂点に達した。
「ついに奇跡が発生したぞーっ!」「ファティマの聖女、マリア!」「われらに憐れみと祝福を!」
ぬかるみのなかにひざまずいて涙を流しながら空を見上げる老人、十字を切りながら大声でロザリオの天使祝詞を唱える老婆、婦人たちの涙声の賛美歌、感きわまって、わけのわからぬ叫び声を上げては、身をくねらせる巡礼者。
コバ・ダ・イリアは、いまや興奮と熱狂の坩堝と化した。7万人の目は空中に釘づけになり、無数の手が上空に向けられている。
約10分間見えた不思議な"太陽"はいつともなく姿を消したが、だれひとりとして立ち去ろうとはせず、人々は空中を凝視し続けた。
各種の目撃証言の記録
たしかに一大奇跡は発生した。3人の子供の予告どおりに、コパ・ダ・イリアの上空に驚くべき 現象が起こり、6万人の人に目撃されたのである。これを人々は"動く太陽"とか、"ファティマの聖女の乗物"などと呼んだけれども、物理的にみて、太陽が急速に自転したり、空中を可視的に移動するはずはない。これは明らかに太陽とは別物だ。不可思議な謎の物体である。
ずばり ― UFOか? どうもこの線が濃厚だ。7万人の群集が、ひとり残らず目撃したからには、群衆の錯覚ではあるまい。だが、カトリック史上名高いこのファティマの大事件を、いまもって、大衆幻覚だとか、マス・ヒステリーの産物だと片付ける人たちがいる。そこで、1945年に、ダブリンのM・H・ジル社から発行された『ファティマ詳説』と題する記録を見ることにしよう。これは、スペイン人宣教師モンテス・デ・オカの執筆になるもので、これには、10月13日にファティマへ集まった知的レベルの高い人たちの証言が記録されているが、そのなかにポルトガル、コインブラ大学の教授アルメイダ・ガルレッテ博士による次のような目撃記録が掲載されている。これは学者の証言として、きわめて価値の高いものだ。
「私は100ヤードばかりの所にいた(何から100ヤード離れていたのか不明)。雨は頭上に土砂降りとなって注ぎかけて衣服を流れ落ちるので、ずぶぬれになってしまった。
ついに、午後2時になった(謎の"太陽″が出現したのは正午をかなりすぎてからである)。そのちょっと前に、きらめく太陽が厚く覆っていた雲の層を突き抜けていた。群集の目は、磁石に引かれたようにその方へ向けられた。私自身もじかにそれを見ようとした。そして輝いてはいるが、目のくらむほどでもない、輪郭の明瞭な円盤状の物を目撃したのである。
"にぶい銀色の皿みたいだ″といっている周囲の人々の声が聞こえたけれども、その形容は正確だとは思えなかった。外観は、良質の真珠のような鋭く変化のある透明な物のようであった。晴れた夜空の月には全然似ていない。それ自体の色も影もない。むしろ、銀色の貝がらを削りとって磨きあげた車輪という方が適切だろう。この文章は詩文ではない。私自身の目にそのように映じたのである。
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▲ファティマの奇跡が起こった場所に建てられたアーチの下に立つジャシンタ、ルシア、フランシスコ。 |
また、だれにしても、霧を透して見られる太陽と混同するようなことはしないだろう。霧などは存在しなかったし、しかも、円盤状物体は少しもぼやけていないで、中心部や周辺がはっきりと輝いていた。
絶えず変化しながら輝くこの物体は、めまぐるしい運動を行っているように思われた。星のまたたきでもない。物体自体が驚くほど急速に自転していた」
冷静かつ客観的なこの記述に誤りがないとすれば、物体はどうみてもUFOそのものである。更に同書には、やはり目撃証人である司教総代理の手記がある。
「群集は絶えず祈り続けた。不意に、驚異と感嘆の大歓声が湧き起こって、無数の手が空中の一点に向けられた。
― 見ろ、ファティマの聖女だ!
― 聖女が来た。あそこだ!
― 見えるかい?
― ああ、見えるとも!
全く驚いたことに、空中をゆるやかに、しかも堂々と滑空しながら、東から西へ飛んでいる1個の光球が、私の目にもはっきりと見えるのだ。
澄み渡った青空から白い花びらのようなものがサーッと降り始めたが、これは、地面に達しないうちに消えてしまった。
興奮の極に達した友人は群集の間をかき分けて何を見たかと人々に尋ねて歩いた。答えた人たちはあらゆる階層にわたっているが、みな口をそろえて、我々の目撃した現象の真実さを確証したのである ― 中略。
突然この"太陽″は揺れ動いて、ある唐突な運動を行い、ついに火の車のようにめまぐるしく回転し始め、巨大なランプのごとく四方に燦然たる光を放ったが、この色光は次々に緑、赤、青、紫と変化した」
空中から白い花びらのような物が降ったというのは、UFO現象にともなってよく見られる、いわゆる"エンゼル・ヘアー"ではあるまいか。これならば説明がつく。エンゼル・ヘアーは地上に達する前に消滅することが多いのだ。
第7章へ続く |