これは常日頃、3人が"かけごと遊び"や"ぼたん遊び"と共によくやっていることで、そこらの石ころや木片を集めては模型の家を作るのである。一同は嬉々としてこの遊びに打ち興じた。
正午を少しすぎたと思われる頃 ― 時計という気のきいたものを持ち合わせなかったために、いまもって正確な時刻は不明である― 、突如、空中に強烈な稲妻がきらめいた。3人はハッとして空を見上げたが、上空には無限の青空が展開しているだけで、一片の雲もない。
「雷かしら?」5月頃になるとこの土地で急に嵐が襲いかかるこかを知っていたルシアは他の2人に呼びかげた。
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▲コバ・ダ・イリアでお祈りをする(左より)フランシスコ、ルシア、ジャシンタの貴重な写真 。 |
「帰ろうよ」3人が羊を追って下り坂の方へ向かいながら、ヒイラギの木の近くまで来たとき、また一閃、もっと強い光が空中で輝いた。
「早く早く!」ルシアが2人をうながして渓谷のなかほどの所まで走り寄ったとき、3人は驚異と恐怖で立ちすくんだ。なんと、1メートルもない眼前の、高さ1メートル少々のヒイラギの木の上に、ものすごく美しい1人の貴婦人が立っているのだ!
年齢は18歳になるかならずで、たとえようもない高貴な顔にかすかな微笑を浮かべているが、一抹の憂いを湛えている。(胸に両手を組み合わせ、右手には光り輝くロザリオをさげて、足元まで垂れさがったゆるやかな衣服は雪のように純白である。首からは金色のネックレスを胸までさげ、両肩には黄金色のふちのついた、これも足まで垂れた真っ白なマントをかけており、ハダシのバラ色の両足をヒイラギの梢にかかった雲の上にふんわりと乗せている。これは現実の人間の姿ではなく、色光を主体にした一種の立体像のようなものだったらしい。
畏怖の念に全身が凍りそうになった子供たちは、互いに身をすり寄せて、眼前に出現した神々しい絶世の美女を凝視した。
ややあって最年長のルシアが落ち着きを取りもどし、思いきって尋ねた。
「あなたは、どこからいらっしやいました?」
貴婦人は微笑を浮かべたまま明瞭に答えた。「天国から来まじた。これから毎月13日のこの時刻に、6回ほど、あなた方にここへ来ていただきたいのです。10月になったら、私の正体や、あなた方に対するお願いなどについてお話ししましょう」
少々打ちとけたルシアは親愛の情をこめて言った。「あなたは天国からいらっしやいましたのね。私も天国へ行きたいわ」
3人とも天国へ行けるが、その前にロザリオを沢山唱えなければいげないと貴婦人は答えてから、次のように語った。
「あなた方は神の栄光を侮辱する罪をつぐなうために、進んで犠牲を捧げ、神があなた方に送ろうと思し召される苦しみをみんな喜んで忍ぶことを約束してくださいませんか。そしで罪人の改心のため、また神に対する冒漬と聖母の汚れなき御心に対する不敬の罪をお詫びするために、苦しみや困難を耐え忍んでくださいませんか」
以上の部分は第1回の貴婦人の言葉のなかでも秘密にして隠されていたもので、これはただ1人だけ生き残ったルシアが、1944年になってレイリアの司教の要求に応じて『思い出の記』のなかで洩らしたものである。
「承知しました」とルシアは答えた。
「あなたカは、もっと多くの苦しみに耐えなければなりません。でも神はいつもあなたカを助けてくださります」
貴婦人は嬉しそうに微笑しながら述べて、合掌していた両手を開くと、そこからきらめく光線が放射された。子供たちは感きわまって、ひざまずきながら叫んだ。
「至上なる聖三位一体、あなたを礼拝します。神さま、あなたを愛します」
「毎日、熱心にロザリオを唱えて、お祈りを続けなさいね。世界が平和になるようにと―」
語り終わった貴婦人は、足を動かさずに、直立したまま東の方へ空中を移動して、太陽の光のなかに消えて行った。
秘密を誓い合う
我に返った3人の子供は、夢から覚めたように驚異に満ちた顔を見合わせた。
「いまの人はだれなの?」「聖母マリアさまじゃないかしら」「すてき!マリアさまと会えるなんて―」
ジャシンタは喜んだ。7歳の彼女にも貴婦人の姿は明瞭に見えたし、美しや声もはっきりと開きとれた。しかしフランシスコには空中にいる相手の姿も声も感知できなかった。ルシアが何者かと話し合っている光景をそばで見ていただけである。したがって巷間伝えられるように、最初から3人の子供全員が聖母とおぼしき幻影を目撃したというのは誤りである。
コンタクトは約10分間続いた。その間、羊たちが他家のエンドウマメ畑に侵入したのをフランシスコが見て、走り出して追い出そうとしたのを貴婦人が察してルシアに言った。
「羊たちは悪いことをしませんから、ほっておくようにフランシスコに伝えなさい」
そこでルシアは引き止めた。あとで調べてみると、たしかに羊たちが食い荒したはずの畑はなんの変化もなく、もとどおりだったのである!これでひとつの奇跡が生じたのだ。
貴婦人が去ったあと、呆然とたたずんでいた3人は、やがてこの出来事について対策を協議した。いかに子供の集まりとはいえ、事の重大さを認識するだけのカはあった。とてつもない体験を持ったという緊張感に全身をこわばらせたルシアは、強い口調で他の2人に話しかけた。
「さっきの出来事は絶対にだれにも話さないことにしようよ」
フランシスコとジャシンタは同意した。秘密協定を結んだ3人は羊を集めてファティマ村のアリエストレール地区にあるわが家へ帰って行った。
真相が洩れて迫害が始まる
だが、幼いジャシンタはその夜母親のオリンピアに一部始終をしゃべってしまった。もちろん母親は容易に信じない。そんなばかなことが、と強く否定するものの、気になるので翌朝マリアの所へ行って真偽をたしかめた。ルシアも聖女の幻を見たそうではないか、というわけだ。
そこでマリア・ローザはルシアを問いつめた。極秘にしておくつもりでいたルシアも観念して、詳細を話した。しかしマリアも娘の話を信じないばかりか逆に娘をウソつきだと思い込んで、きびしく叱りつけた。
「来月はコバ・ダ・イリアへ行くんじゃないよ!」
ルシアは黙ってうなだれている。必ず行ってやるという強い反発心を起こしながらも、むきになって反抗のできない性格の戒ため、何を言われても無言のままだった。
この噂は村中に広がって、3人の子供は笑いものになった。外を歩くと村の衆が嘲笑したり罵声をあびせかけてくる。両家の母親はいらいらし始めてときには子供を叱り、ときにはかばいながら、あれこれと弁明するが、いっこうに騒ぎはおさまらない。父親たちはむしろ関心がなく、特にアントニオは全く無頓着で、問題にしていなかった。思いあまったマリア・ローザはファティマ小教区の主任神父に相談したが、神父も途方にくれて、明確な回答を出したがらない。そのうち6月13日が刻々と近づいてくる―。
読者はすでに気づかれたと思うが、このファティマの事件は本書で最初に紹介したフランスのルールドで発生した聖女ベルナデットの事件と酷似しているのである。ルールドの奇跡は1858年のことで、この名高い出来事はすでにファティマでもよく知られており、村人たちの篤信の対象になっていた。したがってそれに類似した一大奇跡がまさか地元で発生するとは夢想もできず、3人の子供は全くのウソつきとみなされてしまった。信仰のあついマリア・ローザはなんとかして娘ルシアから泥を吐かせようと責めたてるが、埒があかない。ついに一夜、ルシアを穴倉のなかにとじ込めたが、それでもルシアは偽りの告白をしなかったという。
第3章へ続く |