これは小さな自給自足の世界に似ており、この太陽系から宇宙旅行に出かけて遠い銀河系の未知の惑星を探索しようとする数千人の人々を住まわせるものである。その旅行は数世紀かかるだろうから、もと出発した人たちの子孫だけが到着するだろうという。また作家のなかには、こうした植民団の子孫は宇宙旅行の本来の目的を忘れtて、地球に関する物語を神話にすぎないと思うかもしれないと書いていかのもある。
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▲アーサー・C・クラーク。 |
彼らは休みなしに宇宙空間を進行し続ける。それでわれわれは絶えまなしに惑星から惑星へ、太陽系から太陽系へと、まるでわれわれが夜間にショップ・ウインドーをのぞき込むような調子で渡り歩き、その間に生涯を終えるような人間がいるかどうかと考えさせられる。
それとも、はるか遠方の銀河空間といえども人間の到達範囲内にあり、地球上の一生涯の期間よりも短いと考える方がもっと合理的だろうか。相対論者によればこのようなことは不可能ではないだろうという。
アインシュタイン博士は、人間が光速に近づくと奇妙な事が起こるといっている。時間は次第に遅くなり、質量が増大して、ついに光速に達すると質量は無限大となって、そのためにそれを(質量を)動かすには無限大の力が必要となるという。相対論者によれば、100光年彼方の星へ光速の99・9パーセントの速度で宇宙船により帰還飛行するには200年ほど要するが、船内の乗組員は自分の時計で計ってわずか9年しか経過しなかったというだろう。このような奇妙な現象はローレンツ収縮と呼ばれる自然現象に一部分属するもので、これは光速に近づく速度で進行する固体のすべてに発生するのである。
もちろん実際には、もっと低い速度でも、ごくわずかに(無視してよいほどに)同じ現象が起こるのだが、収縮と質量の増大はニュートンの測定法では検出できない。これは必ずしもニュートンの諸法則が不正確だというわけではない。ただ、日常のいろいろな物理現象や時速数千マイルまでの速度に対しては一組の測定器具があって、その記録は全く正確であるが、光速に近づくにつれて以前は考える必要のなかった新しい要素を考慮に入れねばならないというにすぎない。
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▲アインシュタイン氏の有名な写真。 |
アインシュタインは多くのいろいろな方法で理論を証明しているので、それに関して議論の必要はまずないが、忘れてならないのは、アインシュタインの理論がニュートンの法則の限界を説いているのと同様に、光速に関しても、もっと進んだ法則を求める必要があってもよいということだ。私にはよくわからないが、光速限界説は結局もう一つの"通り抜けられない音速障壁"となるかもしれない。とにかく観測所の報告類がより所とするべき物ならば、空飛ぶ円盤は光速限界説で妨げられることにはなるまい。
アインシュタインは光速に関してもっと重要な知識をわれわれに提供するかもしれない。いかなる理論といえども必ず進歩があるからだ。たとえば一個の物体が光速を超えて運動しているとしよう。そうするとその物体はもとの物理的な状態のままにあるだろうか。ある意味では、速度というものは物体の質量を増大させる効果を持つのみならず、その物理的な状態を変える効果をも持つといえないだろうか。
光速で運動する一物体が運動するには無限大の力を必要とする、とアインシュタインがいうとき、彼が間違っていないことはほぼ確かである。だが実際は、その速度のために物体はもとの物理的状態にはないだろう。したがってこの公式はもう応用できないのであって、新しい状態にある物体の速度を計るには別な計測器機を必要とするのである。
後の各章で理論を展開してゆくにつれて、光速に近づく物体がこのような物理的状態の変化を受ける可能性のあることがわかるだろう。
更に私の理論は、もし物体が(人工宇宙船のような物が)正しい方法で運動をするならば、宇宙には究極のスピードは存在しないことも示している。超光速などというものは数千年昔に宇宙飛行を征服した人々にとっては全く陳腐なことかもしれない。もっとも、われわれがこれを認めるのはきわめて困難なのだが−−。
ロケットによる宇宙飛行とそれに付随した限界のすべてを考えることと、空飛ぶ円盤といわれる乗物での宇宙飛行を考えることは別物であって、後者がはるかに異なった考え方を含んでいる。われわれは物体の速度の限界について独断的になりすぎてはいけない。まだ気付かれていない多くの要素があるからだ。われわれがいかなる科学の分野を研究しようとも同じことである。やらねばならない調査研究が常に存在しているし、長い時代を通じて認められ培われた概念で、捨てねばならないものもある。
この体験にかんがみていうと、今や事情は変わってしまったと考えることにするか、それともわれわれの研究や学識は多くの事を伝えてくれるけれども、次の高度な発達段階においては既成の法則は適用できないという賢明な見方をすることにしようか。これ以外の態度をとることは自分たちを偏見に縛りつけ、自身の破壌を早めることにもなるのだ。われわれは円盤に関する知識情報を考察しながら、こうした事を心に留めることにしようではないか。
B 円盤型航空機の航空力学へ続く |