その第一部は「宇宙空間に知的生命はいるか」と題する討論会で、ステージの出席者はサガン博士を中心に東大教授2名、作家の小松左京氏、評論家の犬養智子氏、司会者の計6名である。聴講申込者は定員の百数十倍に達したという大変な前評判らしかったが、編者は幸いにしてSF作家である某氏宛の招待券を譲り受けて参加できた。
人も知るサガン博士は(正しくはセーガンというらしい)火星に軟着陸したNASAのバイキング計画を初めボイジャー、パイオニア計画の中心人物であり、大気圏外生命肯定論者のようなので、多大の関心をもって聴いたが、結果は期待外れだった。全くあたりさわりのない話に終始し、この太陽系内の各惑星の人類存在を否定したばかりか、犬養氏のUFOに関する質問に対しても打ち消しの態度に出たあげく、最後には「もし高度に知的な大気圏外人類が存在して我々のシンポジウムを聴いていたとすれば、彼らは地球にもこんなエライ人間がいるのかと驚くだろう」というジョークで聴衆を笑わせていた。
失望の極に達した編者は第一部だけで早々と会場を出て有楽町駅に向かった。 あれほどの知識人でもUFOの謎に向ける眼を持たぬのかー。
駅のホームに立って電車を待っていたとき、突如、あるフィーリングが湧き起こってきた。
「サガン博士は隠していたのだ!」
考えてみればUFO問題や太陽系の各惑星の真相を知り抜いている筈の博士が他国の民間会社主催のシンポジウムで、アメリカの運命を左右しかねないほどの大問題を軽率に洩らすわけがない。出席したメンバーや聴衆を適当にあしらい、無難な発言で時間を費やして、「ま、お互いに未来に向かって前進しましょう」というようなシャンシャン大会で終了せしめるほうがサ博士個人のみならずアメリカにとっても有利なのである。
なぜか? この緊張激烈な時期にアメリカ政府が突然UFO問題の真相を公開し、「太陽系内の地球以外の惑星には偉大な人類が存在して、ひそかに地球の救援活動を行っている」などと間の抜けた″表明をしようものなら、ソ連から猛烈な攻撃を受けるだろう。アメリカは謀略により西側世界のためのでっちあげ宣伝をやっていると。
一方、ソ連がUFOや大気圏外人類存在の事実を公開すれば、アメリカの対ソ非難が展開するにきまっている。「ソ連にだまされるな。共産主義者の宣伝だ」 両大国が一致団結して別惑星の人類存在説を唱えたらどうなるか。それこそ世界は蜂の巣をつついたような大騒ぎになる。価値観の大転換、経済界の大変動、学界の権威の失墜、教科書の全面書き換え等、測り知れぬ大混乱が発生することは眼に見えている。
また自分よりも偉い宇宙人″が出現すれば大衆を救う筈の宗教団体の教祖は真っ青になり、宗教界は壊滅する。これでは大衆を歓喜させるどころか恐怖を植えつけるだけだ。
一体に、大衆を愚弄し、権力の拡大のために手段を選ばぬ政治屋の暴走を防ぐ目的で、政府部内にはある秘密機関またほ特定の人物が極秘事項を掌握している場合が多い。落選するか政敵にやられていつ姿を消すかわからぬ政治屋の集団は案外に政府の秘密を知らぬのである。
先般9月20日付の読売新聞によるとアメリカが極秘のイラン文書を作成していたことをワシントンポスト紙が暴露したという。米国務省のイラン研究グループが過去40年間にわたるアメリカとイランの関係について極秘資料や記録を綜合したイランペーパー(イラン文書)と呼ばれる約六万頁のこの秘密文書は二部しかなく、一部はプレジンスキー大統領補佐官の手元にあり、他の一部は国務省高官2人しかその所在を知らないところに保存してある、と報道していた。
これは氷山の一角だろう。一国家が膨大な秘密をかかえていることは当然だ。 これをすべて白日のもとに晒せば大変な事態を招く。したがってひと握りのトップクラス高官や御用学者だけが真相を把握するシステムが用いられるのである。
かつて金星探査撥が金星に軟着陸して撮影した地表の写真が公開された。セ氏300数十度、亜鉛板を溶かすといわれる焦熱地獄の筈の金星表面は、写真で見る限り科学者が想像したような熱気流の渦巻もなく、地球によく似ているように思われたが、それよりもパラシュートをつけた探査機が平穏無事に軟着陸して写真を電送した事実が奇妙であった。どうみても金星に関しては重大な秘密が隠されているとしか思えない。
「金星には人間の住める大気と温暖な気候が存在することがわかった」これはむかし最初の金星ロケットが到着してデータを送り返した直後に全米科学促進協会の重鎮が語った言葉だが、まもなく科学者や政府高官に打ち消されていつのまにかセ氏数100度の高温ということになり、一般大衆は信じきってしまった。
この金星の高温についてはシンポジウムでサガン博士も言及し、それゆえに人間は住めないのだと結論づけたのだが、想起すればそのとき一流科学者らしからぬ態度が見られたような気がした。ニタニタと薄笑いを浮かべながら言葉を選ぶかのように慎重に語るサガン博士の頭に浮かんでいたものは何か−。
「何も知らぬ一般大衆の前で、国家的な極秘問題が簡単に言えるものか!」 タイム誌の「明日のアメリカを担う200人」 の1人に選ばれるほどの超一流の科学者は、やはり賢明そのものであり、アメリカのみならず世界の存亡の一端を担っていると言えるのだろうか。
(久) |