1968年7月にオスカール・エリベルト・イリアール少年が父親の牧場で馬に乗っていた時に宇宙人に遭遇したのもその場所であった。
同じく怪奇なこの記事も或る農場ヘやって来た17個の奇妙な光る飛ぶ人間について述べている。光線(複)を放って、それが物体を粉砕し、犬を眠らせ、大騒動をひき起こしたのだという。
それによると次のとおりである。「不思議な人間たちが出現した結果、この地域に大騒ぎが起こっている。その者たちの形、へんぴな場所に集まったその態度からみて、おそらく大気圏外から来た者であろう」 この奇妙な人間たちは夜間に現われて飛びまわり、サーチライトのような、見なければ信じられないようを鮮烈な光線を放射する。 人がこの光線にあてられようものなら気絶し、犬は眠らされ、物体は粉砕する。
このような途方もない出来事に関して最もショッキングな話が、農場の支配人とその家族から洩らされた。ミ・レクェルド″という名のその農場はクロッ卜地方にある。
地方紙"エル・ポピュラール"の記者(複)がそこへ出かけて目撃者たちに話しかけた。アクィロ・ラモン・アコスタ氏(44才)とその妻アメリア、2人の子供ヘルマン(6才の少年)とモニカ(10才)で、本日付の同誌には詳細な記事が出ている。
アコスタの奥さんの説明によると、こうだ。この前の日曜日(1969年11月23日)彼女は2人の子供をつれて隣りの牧場(エル・カルメンという名の農場)へ行った。そこの支配人イヒニヲ・メンドサ氏にオラバリアまで車に乗せていってくれと頼むためである。
オラバリアへ行ってから帰る途中車のタイヤがパンクしたので、彼女は子供と一緒にメンドサ氏の農場で一夜を明かすことにした。
「私は可哀そうな夫を家にただ一人残してきました。夫の身に何か起こったのでしょうか」 ここでアコスタ氏の説明を引用しよう。「私は11時頃にべッドへ入った。酒のようなものは飲んでいなかった。妻と子供が帰って来ないので少々気がかりだった。ついに眠り込んだが、ニワトリの鳴く時に目覚めるだろうと思っていた。朝9時頃にニワトリが3度鳴いたので私は起きた。台所へ行ってランプをつけ、マテ茶を準備し始めた。すべて静かで物音はしない。水ガメから水をくみ出そうとして庭へ出て行った時、奴らを見たんだ!
幾人かの奇妙な人間たちがサーチライトのような非常に強力な光線で畑を照らしているんだ。奴らは針金の垣のそばにいた(この垣は家畜囲いと家とを遮断している)。台所から約15メートルの所だ。
最初私は奴らを鬼火にちがいないと思ったが、こわくはなかった。相手の内10は針金にそって行ったり来たりして地面を照らしていた。他の7人は家畜囲いの中にいた。家に最も接近した奴は私がいた所から約8メートルの距離に来た。そいつは針金を越えて庭塵の中へ入って来た。私は腰から下方へかけて奴らを見ることができた。
恐ろしかったけれどもどうやら奴らの衣服が輝いていたために透明であることがわかった。一番近くへ来た奴が ― 火星人か何か知らないが ― 手の中に棒のような物を持って飛び上がって遠ざかり、針金のそばにいた連中と一緒になった。庭のすみに集まっていたグルーブに注意をこらすと、一斎に強い光線(複)を私の方へ向けて照らした。急に家全体が照らし出され、私はだれかになぐられたかのように顔にパンチを感じた! それで家へ帰り、台所へ入った。殆ど無感覚になったような感じがする。まるで気絶したような状態なんだ。あまりひどかったので、部屋に銃があったけれどもそれを取りに行こうとさえ思わなかった。
だがひどいショックにもかかわらず、ドアーの小窓からのぞいて見るだけの勇気をふるい起こした。それで奴らを見ることができたんだ ― 何と言ったらいいかな ― 炊らは針金の端から端へそって3度ばかり走った。そしていつも地面へ光線を向けて照らすんだ。
時折光線を樹木に向けることもあった。しかし奴らが何よりも興味を感じたのは家から20メートルばかりの所にある牛のフンの山だったらしい。みんながそこへ最も長くたかっていたからだ。 以上の出来事は約一時間続いたな。」
新聞記者連は指示された現場へ行き、そこで馬のヒズメの跡のような足跡をいくつか見た。アコスタは言う。「馬なぞ飼ってはいませんぜ」また地面には多数の小さな穴があったし、草はきわめてなめらかをローラーでならしたかのように平らになっていた。
セニョーラ・アコスタが口を出す。「家の中にはほかにも奇妙な事があったわ。たとえばドア一にはめてあったガラス板がそうなのよ(20センチ×20センチ)。このガラスが不思議な光線で紛々にこわれていたの。こわれたガラスの破片は長さ4センチ以上はなかったわ。」
更にアコスタ氏によると、家の中の犬たちはほえもしなかったという。「こいつらは防衛態勢をしこうともしないんだ。一匹だけがおれと一緒に外へ出たけどね。台所へ飛んで帰ったよ。別な犬のネロはまるで眠っているかのようにはいつくばっているんだ」 続けてセニョーラがまくしたてる。自分が帰ってみると主人はひどく興奮していた。「その時にあんたがたが自分でこの人を見ればよかったのよ! この人は台所にいたけど何度もあたしに言ったわ。
『あんなものは存在しないとおれは何度も言っていたが、今は存在することを信ずるぞ!』ってね。可哀そうに目は血走って、頭痛がして、体が震えていたわ。夜になるとまた恐れ始めてサ」 アコスタ家はその土地で大いに尊敬されており、しかもリカルド・ポリグルエウ氏所有の農場に30年間も住んでいる。全く驚いた話だ。
UFO研究家はこの記事に多くの特徴を見出すだろう。それはかつて発生した数例の事件を思い出させる。ここでは1963年10月12日にあったアルゼンチンのモンテマイスの事件(背の高い怪人、光線)と、それから9日後に同じくアルゼンチンのトタンカスで発生した事件を引用するにとどめよう(農家がUFOに囲まれて、光線が壁を貫通し、温度を異常に高め、犬たちをマヒさせた)。その他にもアルゼンチンで強烈な光線を使った怪人の例が数件ある。
(終わり)
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