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  神々の戦車 エーリッヒ・フォン・デニケン

第9章(3) 南米の神髄と不思議な遺物  UFOと宇宙 No.4 より 
 

もう一つ恐ろしい話がある。チチェン・イツアの聖なる池の話だ。

聖なる池とヘビのシンボル

この池の悪臭を発する泥の中からエドワード・ハーバート・トンプソンが宝石や美術品ばかりか若者のガイ骨を掘り出したのである。古文書を調べたディエゴ・デ・ラングはかんばつのときには神官がその池までやってきて、おごそかな儀式を行なうあいだに少年少女たちを他に投げ込んで、雨の神の怒りをしずめたと述べている。

このデ・ラングの説をトンプソンの発見物が実証したわけである。身の毛のよだつ話だが、これはまた池の底から多くの疑問を明るみに出した。この池はいったいどうしてできたのか? なぜこれが聖なる池と称されたのか? ほかにも似たような池がいくつかあるのに、なぜこの池が特に選ばれたのか? ところが、チチェン・イツァの聖地とまったく同じ池が、マヤ天文台から七十五ヤード離れたジャングル中に隠されていたのである。ヘビやムカデや毒虫などに守られたこの池は大きさがホンモノの池と同じであった。その垂直の内壁は同じように古びてジャングルの中に埋もれている。この二つの池は寸分違わぬほどに似ていて、水位も同じで、水の色は両方とも緑から茶色に、そして血のような赤い色に変化する。

▲チチェン・イツァの聖なる池

たしかにこの二つの池は古さも同じであろう。たぶん両方ともイン石の落下によってできたのかもしれない。ところで、現代の学者はチチェン・イツァの聖地だけを語り、よく似た第二の池は研究の対象にされない。両方とも最大のピラミッドであるカステイリョの頂上から九百八十ヤードの所にあるのだ。このピラミッドは翼をもつヘビ"クタルカン"神のものである。

ヘビはマヤの建築物すべてのシンボルとなっている。これは驚くべきことだ。というのは、マヤ人が繁茂した草花にかこまれた民族ならば石の浮彫に花のモチーフを残しそうなものであるからだ。だがどこへ行ってもイヤらしいヘビの模様が待ち受けている。遠い昔からヘビは地面のホコリの中をはいまわっている。しかしなぜそのヘビにマヤ人は空を飛ぶ能力を与えるようになったのだろう? もともと悪の象徴であるヘビは地面をはうように運命づけられている。どうしてこのイヤらしい生きものを神として礼拝できよう? しかもそれが空を飛べるとは!しかしマヤ人にとってはヘビが空を飛ぶことはできたのである。クタルカン神(タクマツ)はたぶん後代の神ケツァルコアトルの姿になったものであろう。このケツァルコアトルについてマヤの伝説は何を語っているか?

▲ケツァルコアトルをあらわす翼をもつヘビの石彫り

この神はどこともわからぬ日出づる国から、白衣を着てあごひげをはやしながらやってきたのである。彼は人々に科学、芸術、習慣などを教え、きわめて賢明な法律を残した。彼の指導のもとにトウモロコシは人間と同じほどの高さに伸び、綿は色づくほど成長したといわれている。ケツァルコアトルは使命を終えてから道すがら教えを伝えながら海の方へ帰って行った。そして船に乗って明けの明星(金星)へ飛び去った。ここでも工合がわるいのは、ヒゲをはやしたケツァルコアトルも「またやってくる」と約束したことである。

当然のことながら、この賢い老人の出現の解釈はいろいろある。一種の救世主的役割が彼に帰せられている。ヒゲをはやした男はそこの緯度ではめずらしいからだ。この大昔のケツァルコアトルは太古のイエスのような人であったという大胆な解釈もある。これには納得できない。古代の世界からマヤ人の所へやってきた人ならだれでも、人間や物資を運ぶ車輪のことを知っていたはずだ。伝道者、立法者、医師、人生の諸問題のアドバイザーとして出現したケツァルコアトルのような賢人ならば、その最初の行動は、車輪や荷車の使用法をマヤ人に教えたことだろう。実際、マヤ人はそれらを用いなかったのである。

>>第9章(4)へ続く

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