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  神々の戦車 エーリッヒ・フォン・デニケン

第7章(3) 古代の驚異的遺跡は宇宙旅行センターか UFOと宇宙 No.3
 

同じように理解しがたい、しかも納得のゆく解釈のつかないミイラが、まるで魔法の秘密をもっているかのように遠い過去から我々を見つめている。

なぜミイラを作ったか
▲ラー・メス2世のミイラ。

いろいろな民族が死体に香料をつめてミイラ化させる技術を知っていたし、考古学的な出土品によっても先史時代の人間が肉体の更生を信じていたと考えられている。古代の宗教的な考えのもとで肉体の復活が信じられていたという証拠がわずかでもあれば、この解釈は認められるだろう。だが我々の原始的な祖先が霊魂の復帰だけを信じていたとすれば、死者をこれほど骨折って扱うようなことはしなかっただろう。しかしエジプトの墳墓群の発見物は、肉体の復活を求めて死体をミイラ化させた例を次々と示している。

証拠物件が示している事柄や、目に見える証拠が語っている事柄は、それほどバカげたものではない! 壁画や伝説類は、よく保存された死体を目覚めさせて新しい生命を与えるために"神々"が星々から帰ってくると約束したことをたしかに示している。だから埋葬室内の香料をつめた死体の副葬品はきわめて実際的なかたちをなしていて、この世の生活が意図されていた。さもなければ金、宝石、生前の愛用品などを一体どうしようというのだろう? しかも彼らの従者たちまで墓の中にいっしょに生き埋めにされた形跡がはっきりしているからには、副葬品すべての目的はどうみても新生活に際して古い生活を連続させようとしたのである。墓はおそろしく頑丈に作られていて原爆にも耐えるほどである。あらゆる時代の大変災にも破懐されないだろう。黄金や宝石などのように墓の中に残された貴金属類は実質的にはくさらない。

ここでは後世に乱用されたミイラについて述べているのではない。一つの疑問に関して述べているのだ。つまり、異教徒の頭に死人復活の思想を誰が吹き込んだのかという疑問である。きわめて安全な場所に保存された死体が数千年後に目覚めて新生命を得るには肉体細胞を保存しなければならないという最初の大胆な考えはどこからきたのだろう? 今まではこの神秘的な生き返りの概念は、宗教的な見地から考えられていたにすぎない。自分の部下たちよりも"神々"の性質や習慣をよく知っていたと思われる王が、この狂気じみたアイデアをもっていたとすればどうだろう?

「わたしは数千年も破懐されないで、しかもはるか遠方からでも見えるような墓所を自分のために作らねばならぬ。神々はまた帰ってきてわたしを目覚めさせると約束された(それとも遠い未来に医師団がわたしをふたたび生き返らせる方法を発見するだろう)のだ」

この宇宙時代に我々はこれについて何といったらよいだろう?一九六五年に刊行された物理学者で天文学者ロバート・C・W・エティンガー著の「人間不死の望み」で、二十世紀の人間が自分の体を冷凍させて肉体細胞を医学的生物学的見地から無限に生き続けさせる方法を暗示している。このような考えはまだユートピア的に聞こえるかもしれないが、実際には大病院には"骨銀行"があり、何年も冷凍状態にして人間の骨を保存して、必要なときにまた使用するという方法がある。これも一般に行なわれていることだが、新鮮な血液も摂氏零下百九十度でいつまでも保存できる。そして生きた細胞を液体窒素の温度で無限に貯蔵できるのである。エジプトのファラオ(王)は遠からず実現するかもしれないこんなファンタスティックなアイデアをもっていたのだろうか? さて科学的研究の結果に関するファンタスティックな意味を理解するために、読者は以下の記事を二度ほど読まねばなるまい。

生ける細胞をもつミイラ

一九六三年の三月にオクラホマ大学の生物学者たちは、エジプトの王女メネの皮膚の細胞が再生する力をもっていることを確証したのである。メネ王女は数千年前に死んだのだ! 

これまでにまったく完全に無キズのままに保存されて、そのためまるで生きているように見える多数のミイラがあるりインカによって残された氷河のミイラは何世紀も耐えてきて、理論的には生きている可能性がある。これもユートピアにすぎないだろうか?一九六五年の夏にソ連のテレビは一週間冷凍された二匹の犬を放映した。七日目にはそれはふたたびもとにもどされて---やった!---以前と同じように生き続けたのだ!

アメリカ人は---これは秘密ではないが---宇宙計画の一部分として、未来の宇宙飛行士を冷凍させて遠い惑星への長い旅に行かせる方法を考えている。

今日しばしば嘲笑の的になっているエティンガ一博士は、遠い未来には人間は火葬にもされず虫に食われることもないだろうと予言している。つまり、冷凍基地の中で死体を凍らせ、医学の進歩を待つ未来が、死の原因をとり除き、その死体に新しい生命をもたらすというのである。そうなると戦争の場合に必要となれば冷凍兵士を生き返らせて軍隊を編成するという恐ろしいビジョンが展開してくる。

しかし遠い太古に宇宙旅行者がいたという私の説とミイラとはいかなる関連があるだろう?私はむりやりに証拠をもち込もうとしているのか? 

ここで質問しよう。人間は不死であるという考えはどこからきたのか? 人間は肉体が目覚めるという概念を最初にどのようにして身につけたのか? 

古代の民族の大多数は死体のミイラ化の技術を知っていたし、金持ちは実際にミイラになることもできた。私がここでいうのはこの人目をひくような事実そのものではなく、死者が目覚めて再生するという考えがどこから起こったかという問題の解決そのものである。このような考えは偶然にある王または族長に起こったのか、それとも複雑な処理法で死体を設置してそれを原爆にも耐える石棺中に収めるのを富裕な市民が見ていたのだろうか? それともある神々(宇宙旅行者)が知性の高い王室の王子に、死体に特殊な処理をしたのちに生き返らせる方法を伝えたのだろうか? 

こうした推測には現代の資料による確証を必要とする。数百年後には人類は今日予想もできない宇宙旅行を成就するだろう。民間旅行会社はパンフレットに正確な離着陸の時間表を印刷して惑星行きの旅行を世話するだろう。この達成に必要な条件は科学のあらゆる分野が宇宙旅行の開発に足なみをそろえることである。電子工学やサイバネティックス(人工頭脳学)だけでは目的が達成されないだろう。医学や生理学が人間の生命機能を長く保たさせる方法を発見することによって貢献するだろう。

今この宇宙研究の分野も最高調で進行中である。ここでも我々は疑問が出てくる。先史時代の宇宙旅行者たちは、我々が新たに得なければならぬ知識をすでにもっていたのかと。

未知の知性体は数年後に死体を生き返らせる方法をすでに知っていたのか? 賢明な"神々"は、いつか死者の時代の歴史に関する疑問を起こさせようとして少なくとも、その時代のあらゆる知識をもった死者を保存することに興味をもっていたのかもしれない。だがこれは誰にもわからないことだ。ふたたび帰ってきた"神々"によってこのような疑問がすでに発せられていたのではないだろうか? もとはまじめなことだったミイラ製作は、時代とともに流行するようになった。ところが突然誰もが死後の復活を願うようになり、先祖と同じことをやれば新しい生命が得られると思うようになったのである。このような復活の知識を実際にもっていた神官たちは、自分らのよい商売になるとばかりに大きくこの信仰を促進した。

私はすでにシュメール人の王や聖書に出てくる人物などの物理的に不可能な長寿について述べたし、光速に近いスピードをもつ宇宙飛行によって時間の短縮効果のもとに自分たちの寿命を伸ぼしている宇宙飛行人がいたのではなかったかという疑問も出した。

そこで、彼らはミイラにされたり冷凍されたりしたと仮定すれば、その人々の途方もない年令に手がかりが得られるのではないだろうか?この説を認めるとすれば、この未知の宇宙飛行人たちは古代の指導者を冷凍して、伝説が語っているように人工的な深い眠りにおちいらせ、その後地球へきたときに冷凍室から取り出してもとへもどしてから話しかけたのではあるまいか。そして地球を去るたびに神官階級の人が宇宙飛行人からこの仕事を与えられて教育され、彼らがふたたび生ける死人をつくる準備をして、"神々"が地球へやってくるまで冷凍人間をまたも大神殿の中に保存したのではないだろうか。そんなことは不可能だと? バカらしいと? 

しかし最も愚かしい反対をする人は、自分が自然の法則と完全に結びついていると感じている人々がほとんどである。"冬眠"と再生の輝かしい実例を見せてくれるのは自然そのものなのだ。一度冷凍されてから適当な温度で溶かされたあと水中で泳ぎまわる魚がいる。花、幼虫、ウジなどは冬眠するばかりではなく、春になると美しい着物を着てまた現われる。

▲ミイラ製作用の器具。

エジプト人は自然からミイラ化の可能性を学びとったのだろうか? そうだとすればチョウかコガネムシ崇拝をしたか、または少なくともこのような崇拝の跡があるはずである。しかしそんなものはない。地下の墓にはミイラ化した 動物を収容した大石棺があるが、エジプト人が 動物から冬眠をまねたはずはない。

ヘルワンから五マイルのところに、第一及び第二王朝の時代にさかのぼる、大きさの異なる五千以上の墳墓がある。これらの墓はミイラ作りの技術が六千年以上も昔のものであることを示している。

一九五三年にエマリー教授は北サッカラの古代の墓地で、第一王朝のある王のものとされている大きな墓を発見した。この主墳とは別に三列にならんだ七十二の墓があった。

これらの中には新しい世界で王に従うことを望んだ従者たちの死体があったが、六十四体の男と八体の少女には暴力の跡はなかった。この七十二名はなぜみずから埋められて死んだのか? この現象に関する最もよく知られた最も簡単な説明は、来世における第二の生活に対する信仰である。黄金や宝石類以外に墓の中の王には穀物、油、香料などが添えてあるが、これは明らかに来世のための必需品としてそなえられたものである。墓ドロボーは別としてこれらの墓は後世の王たちによって開かれた。すると王は先祖の墓の中に保存状態のよい食物を発見した。いいかえれば死者はそれらを食べもしなければ来世へもって行きもしなかったのである。墓がまた閉じられるときは新鮮な食物が地下室へ納められ、盗掘を防ぐために多くのワナが仕掛けられた。どうやらエジプト人は遠い未来に再生することを信じたようである。すぐに目覚めることではなかったのだ。

>>第7章(4)へ続く

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